脱炭素経営のメリットとは何か?
- 最終更新日:2024-08-21
かつて、気候変動対策とはCSRの枠組みの中で実施されるものであり、社会的責任を果たすためのコスト負担を意味するものでしたが、その意味は時の流れと共に変容しています。それでは現在における気候変動対策とは何を意味するのでしょうか。
それは、サステナブルな社会への移行に伴うリスク対策と事業機会の創造です。サステナブルな社会への移行は、ビジネスのルール変更そのものです。これまでは自社の利益を追求する企業が勝者となっていたものが、これからは自社の利益と環境への配慮を両立する企業が勝者となっていきます。
だからこそ、気候変動対策(脱炭素の取り組み・カーボンニュートラルの実現)を経営の重要課題として位置づけ、全社を挙げて取り組んでいく脱炭素経営の実践が求められています。
そこで本稿では、脱炭素経営のメリットの解説を通じて、脱炭素経営に取り組む上での検討材料をお届けします。
<ご案内>
カーボンニュートラルについての基本的な知識をインプットしたい方は下記の記事をご覧ください(カーボンニュートラルの意味や背景、企業の取り組み事例をわかりやすく解説します)。
脱炭素経営とは
脱炭素経営とは、気候変動対策(脱炭素・カーボンニュートラル)の視点を織り込んだ企業経営を意味します。
脱炭素経営では、RE100やSBTなどの国際的なイニシアティブやTCFD提言に沿った対応(目標設定・取り組みの実施・情報開示)を行います。
意味 | |
RE100 | 企業が、自らの事業の使用電力を100%再エネで賄うことを目指す国際的なイニシアティブ。正式名称は「Renewable Energy 100%」。 |
SBT | 2015年に採択されたパリ協定が求める⽔準と整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減⽬標。正式名称は「Science Based Targets」。 |
TCFD提言 | 気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が提言する、気候変動リスクについての情報開示のガイダンス。 |
<余談>
ちなみに、脱炭素経営はサステナビリティ経営と類似の意味を持ちますが、脱炭素経営が気候変動対策にフォーカスしているのに対して、サステナビリティ経営はより広範な範囲の環境や社会を対象としている点に違いがあります。
その上で、実際のビジネスシーンにおいて脱炭素経営とサステナビリティ経営は明確に区別されるものではありません。「サステナビリティ」の名称のもとに脱炭素やカーボンニュートラル、SDGsなどの取り組みを一体として捉えるケースが一般的です。
脱炭素経営のメリット
脱炭素経営にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
環境省が公開する「中小規模事業者向けの脱炭素経営導入ハンドブック-温室効果ガス削減目標を達成するために―」に掲載されている脱炭素経営のメリットに沿って解説を進めていきます。
<脱炭素経営のメリット>
- 競争優位性の構築
- 光熱費・燃料費の低減
- 知名度や認知度の向上
- 社員のモチベーション向上や人材獲得力の強化
- 新たな機会の創出に向けた資金調達
競争優位性の構築
脱炭素経営というトレンドは企業の脱炭素化を支援するビジネスの需要を生みだし、巨大な脱炭素化市場を形成しています。
市場が追い風になっている今、脱炭素化市場への参入(脱炭素に関連する新規事業や商品・サービスの開発・改善への取り組み)は大きなビジネスチャンスです。
【事例】新しい脱炭素サービスの開発
JR東海とJR西日本は、アストラゼネカとの連携のもとにエクスプレス予約法人会員の東海道・山陽新幹線利用に伴うCO2排出(Scope3)の実質ゼロ化のサービスを開始しました。
社員の出張に伴う移動によって排出されるCO2は、自助努力では削減が難しいScope3(事業者の活動に関連する他社のCO2排出量)に該当するものです。ゆえに、脱炭素経営を実践する企業にとって本サービスは魅力的な選択肢として映り、エクスプレス予約法人会員を増やすこと(ビジネスの拡大)に直結するであろうことは想像に難くありません。
<スキーム>
①JR東海・JR西日本が電力会社からCO2フリー電気(太陽光発電など、発電時にCO2を排出しない再生可能エネルギー電源由来の非化石証書を付与した電気)を購入
②エクスプレス予約法人会員の出張利用分に対してCO2フリー電気を充当(エクスプレス予約法人会員様はCO2フリー電気購入による追加料金の支払い)
③JR東海・JR西日本がエクスプレス予約法人会員に対してCO2削減効果の証書発行
【事例】自社サービスのCO2排出量の可視化
タクシーアプリ「GO」を展開するGO(旧社名:Mobility Technologies)は2023年3月8日より、タクシー利用時のCO2排出量・削減量を、お客様自身がアプリ画面より確認できるようにしました。
この取り組みは、お客様の脱炭素化に対する意識向上の一助になる他、サステナブルな社会への対応という観点で競争優位性を築くものであると捉えられます。自社の既存製品やサービスに脱炭素の視点を上手く取り入れた事例と言えます。
【事例】サプライチェーン全体での脱炭素経営
脱炭素に向けた目標設定の主流であるSBT(Science Based Targets)が、サプライチェーンの上流から下流までの温室効果ガスの排出量を削減することを目指しているように、脱炭素に向けた取り組みはメーカーとサプライヤーが一体となって進めることが肝要です。
この状況において、脱炭素経営を推進する企業同士の結びつきが強くなるのは必然の流れと言えます。つまり、脱炭素経営を推進するメーカーから選ばれるのは脱炭素に向けた取り組みに協力的なサプライヤーに他なりません。
2021年3月31日にAppleが発表した「世界中の製造パートナー110社以上がApple製品の製造に使用する電力を100%再生可能エネルギーに振り替えていく」ニュースは、まさに脱炭素経営を進める企業同士が強い結びつきを持つようになっていくことを示す事例です。
“Appleは当社の全事業、製造サプライチェーン、製品ライフサイクルのすべてにおいて、2030年までにカーボンニュートラル達成を目指すという計画を明らかにしました。この発表以降、Appleは再生可能エネルギーへの移行を決めた当社サプライヤーの数を著しく増やしました。Appleは現時点で既に全世界でのすべての企業活動においてカーボンニュートラルを達成しています。今回の2030年を期限とする新しい目標は、Appleが販売するすべてのデバイスについて気候変動の影響をネットゼロ(クリーンエネルギー発電等により相殺して実質ゼロ)にする取り組みです”
光熱費・燃料費の低減
脱炭素経営におけるCO2排出量を減らす手段は様々にありますが、手軽に、かつ、大きな効果が期待できる取り組みとして、エネルギーの見直しが挙げられます。
これまで手つかずだったエネルギー面での非効率な業務プロセスの改善や省エネ設備への更新、社員の省エネ意識の改革を行うことは、CO2排出量の削減に加えて、光熱費や燃料費のコストを低減できるメリットを生み出します。
【事例】工場の省エネ対策
山善では、工場の省エネ対策のアイデア・進め方のガイドを公開しています。ガイドの中で紹介されている省エネのアイデアは具体的で分かりやすく、示唆に富んだ内容です(とても参考になります)。
<省エネアイデア>
- 照明のLED化・人感センサの導入
- 空圧回路のエア漏れ改善
- 装置非稼働時の電源OFF
- 太陽光発電・蓄電池の導入
- 消費電力の見える化(リアルタイム)
知名度や認知度の向上
脱炭素経営の実践は、サステナブルな社会の実現というゴールから考えてみると、いまだ黎明期(夜明けにあたる時期)にあると捉えられます。
それゆえ、脱炭素経営に挑戦する企業は、その希少性から注目されやすい状況にあります。脱炭素の取り組みがメディアに取り上げられることもあれば、自ら国や自治体、民間企業が開催する様々な表彰制度にエントリーすることも可能です。
【事例】気候変動アクション環境大臣表彰
環境省では、気候変動対策推進の一環として、顕著な功績のあった個人・団体を称えるため、「気候変動アクション環境大臣表彰」を行っています。
“優れたCO2排出削減技術の創出及び社会実装の加速化を図るため、脱炭素社会構築に資する革新的なイノベーションアイデア及びその実現に資する実績等について、気候変動アクション環境大臣表彰選考委員会分科会を設置して総合的に審査を行い、同選考委員会での審議を経て選出された表彰対象者の中から、環境大臣が受賞者として決定する”
【事例】脱炭素チャレンジカップ
脱炭素チャレンジカップ事務局が開催する脱炭素チャレンジカップは、学校・団体・企業・自治体などの多様な主体が展開している脱炭素を目的とした地球温暖化防止に関する地域活動について書類審査、プレゼンテーション審査を行い、優れた取り組みを表彰する全国大会です。
“取組実績を募集する団体を対象としたエントリーと、実施計画中や研究課程の提案を募集するアイデア賞に分かれ、脱炭素な社会づくりに資する取組やアイデアを互いに共有し、連携や意欲を創出する「場」となることを目指しています。昨年、新たに新設したアイデア賞は、個人での応募も可能です。将来的に脱炭素につながるようなアイデアや提案、創意あふれるアイデアをお待ちしています”
【事例】NIKKEI脱炭素アワード
各分野の専門家と脱炭素化に向けて先進的に取り組む企業がともに意見を交え、議論を続け、一人ひとりが幸せを実感できるサステナブル脱炭素社会を目指すNIKKEI脱炭素プロジェクトでは、脱炭素に関する意欲的な取り組みを表彰するNIKKEI脱炭素アワードを開催しています。
“脱炭素社会の実現に向けて意欲的に取り組む企業、自治体、NPO・NGO、団体、個人の取り組み(プロジェクト、技術開発、研究、政策提言など)を表彰することで、それらの取り組みを支援していきます”
社員のモチベーション向上や人材獲得力の強化
サステナブルな社会への移行を進める企業は、社会課題の解決に関心のある社員や求職者を惹きつけます。
SDGsについて学ぶ小中高の子どもたちはもちろん、就職活動期にある大学生や20代のビジネスパーソンを含めた若年層にとって、2030年や2050年の未来は自身が現役として活躍する時期と重なるからこそ、企業が来るべき未来に向かって進んでいるかどうかが気になるものです。
【事例】就職活動期にある学生の「社会課題の解決」の意識
就活サイト「あさがくナビ」を運営する学情では、同社の運営サイト来訪者551名(2025年3月卒業予定の大学生・大学院生)を対象に「社会課題の解決」について調査を実施しました。
“仕事選びにおいて、社会課題の解決に貢献できるかを「意識する」と回答した学生が7割を超えました。「社会に貢献していると、実感できる仕事をしたい」「社会や他者の役に立つことが、やりがいにもつながると思う」といった声が寄せられています”
【事例】スタートアップ転職に関する意識
一般社団法人スタートアップエコシステム協会、及び一般社団法人インパクトスタートアップ協会は、2023年1月開催の「Startup Career Fair 2023」に参加登録された方を対象に、スタートアップ転職に関する意識調査を合同で行いました。
<調査結果サマリ>
- 「仕事を選ぶ際に重視すること」において、「社会性」に関する項目が「働く環境」に関する項目を大きく上回った。
- 「就職・転職先を決める際に重視すること」において、「自分のやりたいことができる」が1位、次に「社会性」に関する項目が続いた。
- 「仕事に対して期待すること」においては「自己成長」が圧倒的に求められており、続いて「収入アップ」「キャリアアップ」「社会性」に関する項目が同水準になる等、自己成長・経済性と同様に、社会性を重視している
- 「仕事を選ぶ際に重視すること」において、「社会性」に関する項目が「働く環境」に関する項目を大きく上回った。
参考:【スタートアップ転職意識調査】仕事を選ぶ際に重視するポイントとして、回答者の約8割が「社会課題の解決やインパクト」を重視|インパクトスタートアップ協会のプレスリリース
新たな機会の創出に向けた資金調達
脱炭素経営は、資金調達の面でも有利に働きます。
世界的なトレンドになっているESG投資では投資基準のひとつとして環境(E:Environment)が位置づけられているように、地球環境への配慮ある企業に対する投融資を優遇する動きは今後も強化されていくことが予測されます(近年では、サステナブルファイナンスという括りで様々な金融サービスが生まれています)。
また、金融機関による投融資の他にも、国や自治体による補助金制度を上手く活用することで、脱炭素の取り組みにおける資金面での課題を乗り越えることが可能です。
カーボンニュートラルの取り組みを前進させるツールのご案内
私たちプロジェクトデザインでは、お客様のカーボンニュートラルの取り組みを前進させるために、社内の他部門やサプライチェーンで関わる取引先企業などの様々なステークホルダーの方々と一緒にプレイできるカードゲーム「2050カーボンニュートラル」を開発しました。
私たちが過去から現在にかけて行ってきた様々な活動が、地球環境にどのような影響を与えているのかをマクロ的に俯瞰することによって私たちの価値観や考え方に気づき、行動変容に働きかけるためのシミュレーションゲーム。それがカードゲーム「2050カーボンニュートラル」です。
一連のゲーム体験を通して「なぜカーボンニュートラルが叫ばれているのか?」「そのために私たちは何を考えどう行動するのか?」に関する学びや気づきをステークホルダーの方々と共有することで、その後の協働をスムーズに進めるための土台(共通認識や良質な関係性)を築くことができます。
カーボンニュートラルの取り組みを進める上で、ステークホルダーとの協働を必要とする組織にお勧めのツールです。ご興味のある方は下記より詳細はご覧ください。
この記事の著者について
執筆者プロフィール
池田 信人
自動車メーカーの社内SE、人材紹介会社の法人営業、新卒採用支援会社の事業企画・メディア運営(マーケティング)を経て、2019年に独立。人と組織のマッチングの可能性を追求する、就活・転職メディア「ニャンキャリア」を運営。プロジェクトデザインではマーケティング部のマネージャーを務める。無類の猫好き。しかし猫アレルギー。
監修者プロフィール
竹田 法信(たけだ のりのぶ)
富山県立富山中部高等学校卒業、筑波大学第三学群社会工学類卒業。大学卒業後は自動車メーカー・株式会社SUBARUに就職し、販売促進や営業を経験。その後、海外留学などを経て、地元・富山県にUターンを決意。富山市役所の職員として、福祉、法務、内閣府派遣、フィリピン駐在、SDGs推進担当を歴任。SDGsの推進にあたり、カードゲーム「2030SDGs」のファシリテーションを通して、体感型の研修コンテンツの可能性に魅せられ、プロジェクトデザインへの転職を決意。ファシリテーターの養成、ノウハウの高度化などを通して社会課題の解決を目指す。富山県滑川市在住。
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