カーボンニュートラルを考える ~産油国のカーボンニュートラル政策~
- 最終更新日:2024-03-25
私たちプロジェクトデザインのカードゲーム「2050カーボンニュートラル」では、カーボンニュートラルの実現という【理想】に向き合う機会を提供しています。
カードゲーム「2050カーボンニュートラル」を体験することで、誰もがカーボンニュートラルの実現に向けて「自分にもできることがあるのだ」とエンパワーメントされます。
その一方で、私たちは【現実】にも向き合う必要があります。それはカーボンニュートラルに関する事実を知るということであり、私たちは専門家に依頼して、ブログという形で情報をご提供しています。
本稿では「エネルギートランジション」をテーマに、全6回に渡り、エネルギーの供給側と消費側のカーボンニュートラルの取り組みをご紹介します。
第1回はエネルギー供給側の話として「カーボンニュートラルを考える~産油国のカーボンニュートラル政策~」と題し、代表的な産油国であるサウジアラビアのカーボンニュートラルへの取り組みを紹介します。
カーボンニュートラル実現の観点からは、産油国を批判的に捉える向きもありますが、現在の私たちの日々の生活は産油国のエネルギーに支えられている事実があります。
それではどうぞ。
執筆者
有井 哲夫
(一財)JCCP国際石油・ガス・持続可能エネルギー協力機関 上級フェロー
事業構想研究所 客員教授 福井大学客員教授
産油国のカーボンニュートラル政策
1. はじめに
気候変動政策として、カーボンニュートラルを実現するためには、温室効果ガスの主要発生源である石油・ガスの削減を図ることが重要になる。
現時点で、日本は一次エネルギーの多くを化石燃料に依存している。
今年度のCOP28では、初めて産油国であるアラブ首長国連邦が議長国を務め、その国営石油会社であるADNOCのCEOアルジャベール氏が議長を務めることとなった。この機会に、主要な温室効果ガス起源である石油に関して、代表的な産油国であるサウジアラビアのカーボンニュートラルへの取り組みを紹介する。
2. 日本の石油の利用と輸入
日本の一次エネルギーに占める化石燃料依存度は2019年度で84.8%となっている。
石炭を除く、石油・ガスの比率は同年度で59.5%を占めている。特に、2011年の東北大震災のあとは原子力発電所の稼働が低下しており、LNGを主として化石燃料依存率が増加している。
図1. 日本の一次エネルギー供給構成の推移
日本は、化石燃料の大部分を海外からの輸入に依存しており、2019年時点でその比率は石油99.7%、LNG97.7%、石炭99.6%と非常に高い輸入依存率となっている。
LNGの輸入元が比較的分散しているのに比較して、石油についてはその90%近くをサウジアラビア、UAE等の中東の湾岸産油国からの輸入に依存している。
図2. 日本の化石燃料の輸入先
3. 世界の原油生産
世界的な気候変動政策により、欧米先進国では石油の消費を削減する政策を推進しているにも関わらず、COVID-19の影響を除けば、世界の原油生産は継続して増加傾向にある。
これは、主として発展途上国の経済成長による需要増加と想定され、安定的に安価なエネルギーを調達することは、発展途上国の経済成長には依然重要な要素である。
世界の原油生産に占めるOPEC産油国の比率は低下傾向にあるが、これは、米国のシェールオイル、ロシアの原油増産等の影響と考えられる。現在、OPEC各国はロシアを含めたOPECプラスの枠組みにより、原油の生産目標を決定している。
世界の長期的な原油生産を考える際には、原油埋蔵量が重要な指標となる。
サウジアラビアは世界の埋蔵量の17.2%(世界第2位)を占めている。原油の生産がなくなるとこの埋蔵原油が産油国にとって座礁資産となる可能性もある。したがって、短期的な需給に加えて、産油国が原油資産を長期的にどのように開発生産していくかは、気候変動政策を考える上でも重要である。
図3. 世界の原油生産量推移
図4. 世界の原油埋蔵量
産油国の原油生産は、貿易、財政収入を支えており、今後の経済成長の原資となっている。
サウジアラビアの場合、2022年度において財政収入の75%以上を石油関連の収入に依存している。したがって、サウジアラビアは石油の生産による収益を、今後の経済成長、カーボンニュートラルへ投資に利用する原資としている。
当面の原油生産能力に関しては、現状の日産1200万バーレルから2028年には1300万バーレルまで増強する計画を立てている。(猪原, 2022)
図5. サウジアラビア財政の石油依存
4. サウジアラビアの将来構想
(1)サウジ・ビジョン2030
前述のとおり、サウジアラビア経済は原油生産量およびその輸出収入に依存する構造となっている。こうした石油依存の経済からの脱却を目指して、多角化を志向してきたが、石油・石油産業の発展に比較して、非石油産業の発展は必ずしも成功していなかった。
2015年に新たにムハンマド副皇太子が就任し、長期ビジョンであるサウジ・ビジョン2030が公表された。
この構想は、石油依存からの脱却のため、国内産業育成による産業多角化とそれによる雇用の創出を経済政策の柱としており、サウジ政府はPublic Investment Fund (PIF)を設立して、大型のプロジェクト計画を立ち上げている。
そのほとんどは、温室効果ガスを排出しない、再生可能エネルギーを利用する計画となっている。日本政府もサウジアラビアに協力すると同時に日本自体の成長戦略とのシナジーを目標として、産業競争力、エネルギー、エンターテインメント、医療等各種協力を行っている。
図6. サウジ・ビジョン2030
図7. 日・サウジ・ビジョン2030
(2)水素、アンモニア製造と日本との協力
サウジアラビアは、枯渇油田を含めてCO2の地中貯留の潜在能力が高く、Carbon Capture and Storage (以下CCS)を利用した、ブルー水素、ブルーアンモニアの供給能力が高いとされている。また、紅海沿岸では、風力発電や大型の太陽光発電が計画されており、グリーン水素、グリーンアンモニアの供給能力が高い。
このVision2030に沿って、2017年新都市プロジェクトNEOMが公表された。
NEOMは、西部紅海沿岸で先進的な工業団地や商業設備を建設し、すべて風力や太陽光などの再生可能エネルギーで賄う計画である。さらに再生可能エネルギーからグリーン水素、グリーンアンモニアを生産し、世界に輸出する世界最大のグリーン水素、アンモニア基地の構想を進めている。(福田、2023)
サウジアラビアの東部地区では石油、化学、地下貯留のインフラが整っており、Carbon Capture, Utilization and Storage (以下CCUS)によるブルー水素・ブルーアンモニアの製造・輸出拠点として計画が進められている。(林, 2022)
日本政府は、再生可能エネルギーの供給セキュリティ確保の手段として、燃料アンモニアの輸入ルートの確保を検討しており、サウジアラビア等湾岸産油国も有力なクリーンアンモニアの候補となっている。
図8. 燃料アンモニアの潜在的需給
こうした環境の中で、日本政府は2022年12月、サウジアラビアと循環型炭素経済およびカーボンリサイクル、ならびにクリーン水素、アンモニアに関する協力の覚書を締結した。
図9. 包括的資源外交
(3)化学産業の育成と循環経済
産業多角化政策の一つの柱が化学産業の拡大である。
生産した原油をそのまま輸出するのではなく、原油を原料として化学製品に加工することにより、産油国における国内経済生産および輸出収入を確保することが可能となる。現在多くの産油国で石油化学産業への設備投資が増加している。
サウジアラビアにおいては、2018年時点で輸出金額割合は、石油・天然ガス次ぐ14%を占めている。Krane (2015)は、サウジアラビアの原油生産量の約30%は国内で精製されており、今後、石油製品や石油化学製品の輸出の拡大を計画しているとしている。産油国による原油からの化学製品の製造は、原油生産者の単位原油あたりの収益を増加させ、長期的に原油生産への設備投資のインセンティブになる可能性がある。
サウジアラビアの国営石油企業であるSABIC社は世界第4位の売り上げの化学企業であり、2019年に、世界1位の国営石油会社であるSaudi Aramco社との合併に合意した。
化学製品製造は、原油から石油精製によってナフサを製造し、ナフサを原料として化学製品を製造するプロセスが通常であるが、サウジアラビアは原油から直接化学製品を製造するCrude to Chemical関連のプロセス技術開発を推進しており、大型工場への設備投資を計画している(Hasque, 2020)。
なお、世界的に化学製品の需要は伸びているが、化学品のリサイクル率は世界平均で17%しかなく(IEA , 2022)、サウジアラビアを中心とする原油生産国の化学製品製造の増加が温室効果ガス排出増加につながる可能性がある。
もう一つの大きな柱がCircular Economy であり、特にカーボンリサイクルを政策の柱にしている。これは、化学品のリサイクルと、CO2の地中貯留を含むCCUS政策が中心となる。
石油および石油化学産業は、サウジアラビアにおいては、電力・海水淡水化産業に次いで、CO2排出量の大きい産業であり、サウジアラビア政府は両分野におけるエネルギー効率化とCCUSを対策として計画している。
原油資源を燃料として利用するとその燃焼排ガスとして温室効果ガスが排出されるが、原油資源をマテリアルとして利用しリサイクル使用すれば、貴重な材料資源となることから、同分野においても日本との協力が期待される。
5. まとめ
日本の1次エネルギーは2019年時点で、84%は化石燃料資源に依存している。したがって、現在の生活を維持しながらカーボンニュートラルを実現するには、サプライチェーン、特に、供給の安定性へ配慮しながら、再生可能エネルギーへの移行を実現する必要がある。
日本の再生可能エネルギーの供給能力を考慮すると、今後どのように安定的に調達していくのか、グローバルな視点で国際的な協力を進める必要性が認識されつつある。
化石燃料資源は世界的に遍在しており、産油国経済は化石燃料資源に依存している。世界的なカーボンニュートラルの潮流は彼らの経済成長にとっても大きな課題であり、サウジアラビアも再生可能エネルギーの供給、輸出の準備を開始しつつある。
したがって、エネルギーの安定供給を確保しながら、カーボンニュートラル社会に移行していくためには、サウジアラビアをはじめとした産油国と協力していくことも重要と考えられる。
参考文献
猪原(2022), サウジアラビアの石油ガスをめぐる最近の動向, JOGMEC.
経済産業省(2018), 石油の安定供給に向けたパートナーシップ ~相互協力でシナジーを目指す「日・サウジ・ビジョン2030」~.
経済産業省(2022), 我が国の燃料アンモニア導入・拡大に向けた取り組み.
経済産業省(2023), 総合資源エネルギー調査会 2023年2月
林(2022), 循環型炭素経済を目指し、水素事業を推進(サウジアラビア), JETRO調査分析レポート)
福田(2023), サウジアラビアの経済開発・多角化の現状, 中東協力センターニュース 2023.1.
Hamieh, A.(2022), “Quantification and analysis of CO2 footprint from industrial facilities in Saudi Arabia”, Energy Conversion and Management: X, 16, 100299.
Haque, M. (2020), “Assessing the progress of exports diversification in Saudi Arabia: growth-share matrix approach”, Problem and Perspective in Management, 18(3), 118-128.
IEA (2022), World Energy Outlook 2022, (https://www.iea.org/weo2022/), (Accessed on December 3,2022).
Krane, J. (2015), “A refined approach: Saudi Arabia moves beyond crude”, Energy Policy, 82, 99-104.
ご案内
「エネルギートランジション」をテーマに、全6回に渡り、エネルギーの供給側と消費側のカーボンニュートラルの取り組みをご紹介する連載企画。
第1回はエネルギー供給側の話として「カーボンニュートラルを考える~産油国のカーボンニュートラル政策~」と題し、代表的な産油国であるサウジアラビアのカーボンニュートラルへの取り組みを紹介してまいりましたが、いかがでしたでしょうか?
これまで知らなかった事実を知ることができる機会になったのであれば、何よりです。
さて、次回は日本におけるエネルギー供給企業のエネルギートランジションの取り組みをご紹介する予定です。記事の公開を楽しみにお待ちいただければと思います。
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