生物多様性とは何か?その意味と現状、企業や自治体の取り組み事例
- 最終更新日:2024-12-27
近年注目が高まっている「生物多様性」。
なぜ生物多様性が重要なのか、世界で今起こっている動き、日本での取り組み事例などを包括的な視点で解説します。
生物多様性とは?
生物多様性とは、わかりやすく言うと「多様な環境に適応した豊かな個性をもつ生き物が、相互作用によって多彩につながり合っていること」を意味する言葉です。
環境白書では、以下のようにさらに詳しく定義されています。
“自然生態系を構成する動物、植物、微生物など地球上の豊かな生物種の多様性とその遺伝子の多様性、そして地域ごとの様々な生態系の多様性をも意味する包括的な概念である”
地球上の生きものは、40億年もの長い歴史の中で世代を重ね、様々な環境に適応しながら進化の道のりを辿り、3,000万種ともいわれる多様な生き物が生まれました。これらの生命は一つひとつに個性があり、全て直接的または間接的に支えあって生きています。
「生物多様性」とは、単に動植物の種類が多いということだけを意味するものではなく、この長い歴史と、その中で育まれてきた生き物の相互のつながりをも指し示す言葉です。
また、地球サミットで採択された生物多様性条約では、種・遺伝子・生態系の3つのレベルで多様性があるとしています。生物多様性においては、ただ生物の数(個体数)や種の数が多ければ良いというものではなく、色々なレベルで多様性があることで私たちの生活が支えられています。
種の多様性
動植物から細菌などの微生物に至るまで、様々な生物がいます。
学問的に確認されている生物の種数は、世界で約175万種(国連環境計画「生物多様性評価」より)です。しかし、実際の種数は1,000万種あるいは1億種を越えるとも言われています。
遺伝子の多様性
同じ種でも異なる遺伝子を持つことにより、形や模様、生態などに多様な個性があります。
同じ種内において多様な遺伝子があるということは、多様な特性があるということです。全ての個体が暑さに弱ければ、酷暑が重なるとその種は絶滅してしまいます。遺伝子多様性が低いと、環境の変化に対する適応ができず、絶滅の可能性が高まってしまいます。
生態系の多様性
森林、里地里山、河川、湿原、干潟、サンゴ礁など色々なタイプの自然があります。
地域ごとの気候や土壌といった物理的な環境とそれぞれの生育環境に適応した様々な生物が相互に影響し合いながら、地域に固有の生態系を作っています。
生物多様性からもたらされる恩恵
生物多様性により、私たちの生活に欠かせない多くの恵みがもたらされています。この恵みを生態系サービスといいます。国連の主導で行われたミレニアム生態系評価(MA)では、生態系サービスを以下の4つに分類しています。
供給サービス
人間の生活に重要な資源が提供されることをいいます。
野菜、魚、肉、木材といった生態系から直接的に得られる恵みはもちろん、植物成分を原料に得られる医薬品などもあげられます。
調整サービス
例えば、森林の適切な保全によって、地すべりなどが防がれ、さらには水が浄化されるなど、私たちの暮らしの安全性が提供されることをいいます。
基盤サービス
生態系から人間を含むすべての生命の生存基盤である環境が提供されることをいいます。例えば、動植物の死骸をバクテリアが分解し、豊かな土壌が形成され、食物連鎖を支えています。
文化的サービス
魚釣りや海水浴、登山や公園散策、紅葉狩りなど、生態系から得られる精神的な充足や、豊かな感性や美意識の醸成、レクリエーションの機会が提供されることをいいます。
なぜ生物多様性が重要なのか?
実は、生物多様性(Biodiversity)という言葉が使われるようになったのは1985年のことであり、ごく最近の言葉です。
世界経済の発展に伴う深刻な自然破壊の問題が顕在化してきた20世紀後半以降、地球環境の問題と現状を認識し、解決しようとする人々の意識が醸成される中で、この生物多様性という言葉が広く使われるようになりました。
そして今、世界が自然の再生に向けて急速に方向転換しつつあります。私たちの生活や社会のほとんど全てが健全な生物多様性に依存していることに、政治やビジネスのリーダーが気づくようになったからです。
本段落では、なぜ生物多様性が重要なのかについて、私たち人間が受けている恩恵や環境経済学、環境倫理学などの様々な観点から解説します。
自然の恵みの基盤
水、大気、土壌、植物、動物などの自然資本は、私たちの生活に欠かせない資源です。
農作物は、害虫やそれらを食べる鳥・受粉を助ける昆虫・土壌中の微生物などのつながりの中で育ちます。水産物もプランクトンや海藻・貝・魚などがつながりあう海の生態系の恵みです。
私たちが豊かに生きていくために必要な衣食住・医療・文化、それを支える産業や科学は自然の恵みなしには考えられません。長い年月の中で人々がその恩恵を受けてこられたのは、生物多様性があったからです。
様々な “防波堤” としての役割
生物多様性は、災害の被害を小さくする “防波堤” のような役割も果たします。
2004年のインドネシアのスマトラ島沖地震では、健全なサンゴ礁が残っていた地域においてサンゴ礁が海面下で発生させた渦巻きが津波のエネルギーを吸収・拡散してくれたため、被害が少なくなりました。米プリンストン大学の研究結果では、生きたサンゴは死滅したサンゴよりも津波を弱める力が2倍以上あるともいいます。
また、森林には土砂崩れなどの災害リスクを低減させる防災機能が備わっています。森林内の樹木をはじめとする植物の根が土壌を繋ぎ止め、地盤の侵食や崩壊を防ぐ役割を果たしています。
近年は、森林やサンゴ礁などの生態系が持つ防災・減災機能を活用した「Eco-DRR(エコ ディーアールアール)」という取り組みも注目を集めています。
人間の健康への影響
人間の健康な暮らしも、自然に支えられています。
人類の医療を支える医薬品の成分には5万種から7万種もの植物からもたらされた物質が貢献しています。植物から伝統薬や医薬品などが開発されたり、ろ過や浄化機能によって淡水が供給されなければ人々の健康は維持できません。自然の衰退は人間の健康に大きく影響するのです。
また、多様な自然環境の中には、まだ発見されていないさまざまな物質も数多く存在していると考えられています。これらが発見されれば、現代の医療が解決できていない様々な難病がいずれ治療できるようになるかもしれません。
近年では、人の健康と動物の健康、そして環境の健全性を一つの健康と捉え、一体的に守っていくという「ワンヘルス」という考え方が注目されています。
生態系サービスの経済効果
さらに生物多様性を経済価値に置き換えると、人間社会がいかに自然資本に支えられてきたかがよくわかります。
国連環境計画の主導のもとで行われた、生態系と生物多様性の経済学(TEEB)プロジェクトの研究結果では、私たちが現状のまま特に対策を取らない場合の森林の破壊による経済的損失は、控えめに見積もっても、2050年には年間220~500兆円に達すると言われています。
また、世界経済フォーラムが発表した「2020年世界リスク報告書」によると、なんと世界のGDPの半分以上(44 兆ドル)は自然がもたらす生態系サービスに依存しています。生物多様性の喪失は事業やサプライチェーン、市場への影響を通じて、全ての企業にとって重要な問題なのです。
また、天然資源への投資により、世界で持続可能なビジネスチャンスは2050年までの間に2兆から6兆ドルの価値があるとも見積もられました。自然の損失により企業の事業活動は脅かされますが、逆にこれからビジネスを拡大できる分野でもあります。
ただし、経済的価値の評価には限界があり、評価できているのは生態系サービスが持っている本来の価値のうち、ほんの一部であることに注意が必要です(生物多様性や生態系サービスの機能そのものについて未解明な部分が多いためです)。
一度失うと取り戻せず、将来的な可能性も潰してしまう(環境倫理学)
ここまでは生物多様性が人間にもたらす恩恵を中心に説明しました。しかし、生物多様性というものは人間のためだけに存在しているわけではありません。
私たちの生活や経済は自然の外部にあるのではなく、自然の内部に組み込まれているものです。
そして、生物多様性は38億年の生命進化の産物であり、一度失うと同じ種は二度と取り戻せません。日本における絶滅動物としてはトキやニホンオオカミがその代表例です。生物多様性は生命の長い歴史の結晶であり、それ自体にかけがえのない価値があります。
そして、生物多様性は数多くの種が違いに影響し合い、時には食物連鎖や共生関係を築いて成り立っています。一部の種が失われれば、関連性の高い種も存亡を脅かされてしまいます。
※生物多様性が人間社会に直接役立つかどうかは関係なくとも、本質的な価値があるということは、生物多様性条約の前文でも謳われています。
生物多様性の危機的状況
今、第6次大量絶滅期とも言われるほどに生物多様性が急速に失われている現実を解説します。
生物多様性は、たった50年で68%減少
2020年に世界自然保護基金(WWF)が発表した『Living Planet Report:生きている地球レポート』によると、1970年からのわずか50年間で野生生物の個体数が平均68%も減少していることが分かりました。
また、2024年の最新レポートによると、1970〜2020年の50年間に世界の脊椎動物の多様性は平均69%も減少しています。淡水域の生物多様性の減少は85%と最も大きく、ダムや移動経路を遮断するような生息地の変化などにより、河川や湖沼、湿地などの自然に生きる淡水魚や両生類などが、高いストレスを受けています。
参考:WWFジャパン|生きている地球レポート2024 – 自然は危機に瀕している –
日本国内でも、野生動植物の約30%は絶滅の危機に瀕しています。環境省によると、現在絶滅危惧種と指定されている日本固有の動植物は3,500種類以上にも及んでいます。
これまでの地球史の1,000倍以上の絶滅スピード
ミレニアム生態系評価(平成13年〜平成17年に国連が実施)では、化石から当時の絶滅のスピードを計算しており、100年間で100万種あたり10〜100種が絶滅していたとしています。過去100年間で記録のある哺乳類、鳥類、両生類で絶滅したと評価されたのは1万種当たりおよそ100種。
もちろん、長い地球の歴史の中では、恐竜などをはじめとする生物の大絶滅が幾度も起きてきました。しかし、現代に起きている種の絶滅、生物多様性の喪失が過去の大絶滅と決定的に違うのは「生物が絶滅するスピードが圧倒的に、桁違いに速い」という点です。その速さは人間が関与しない状態で生物が絶滅する場合の1,000倍から1万倍になると言われています。
今の生活を維持するには「地球1.6個分」の資源が必要
エコロジカル・フットプリント(人間の生活や経済活動で消費・廃棄する量を測る指標)によると、1970年以降、人間の消費や廃棄の量は地球が生産し吸収できる量を越え、増加し続けてきました。
すでに人間の需要が地球の供給能力を超え、自然資本の元本を食いつぶしている状態であり、2020年には地球が1年間に生産できる範囲を約60%オーバーしました。つまり、今の生活を維持するには「地球1.6個分」の自然資源が必要になると言われています。
さらに、もし世界の人が全て、今の日本と同じような生活をした場合は地球2.8個分の自然資源が必要になるという試算もあります。
生物多様性の損失の転換点
これまで述べたように、現在は、過去のどの時代よりも遥かに早い速度で種の絶滅が進行しています。
その中でも、ある転換点(ティッピング・ポイント)を超えてしまうと、自然界のさらなる問題の発進装置に次々とスイッチが入り、急激な変化が生じて回復が不可能になる可能性があると言われています。
2010年の愛知目標では、今後10年から20年の取り組みが、後戻りできない転換点を超えずに済むかどうかの鍵となると指摘しています。タイムリミットは、あと5年(2030年)です。今後5年間の決断と行動が、地球の生命の未来にとって極めて重要になるのです。
なぜ生物多様性が危機に晒されているのか?
生物多様性の重要性と、その生物多様性の危機的状況について解説してきましたが、なぜ生物多様性はここまでの危機に晒されているのでしょうか。その原因を解説します。
開発や乱獲による種の減少
生物の絶滅の最も大きな原因は、生息地の破壊です。
森林を伐採したり、湿地を埋め立てて都市開発を進めた結果、多くの生き物の住処が奪われました。宅地造成だけでなく、実は、農地の拡大も生態系に深刻なダメージを与える様々な問題を引き起こしています。
世界人口は1900年の約16億人から今日の73億人にまで増え続けており、食料の需要も比例して増加しました。そして、経済発展に伴い、多くの地域で肉を中心とした高タンパク質の食生活が求められるようになります。肉を増産するために、家畜の飼料になる大豆やトウモロコシなどの穀物を育てる農地がさらに必要になります。
こうして、増加した穀物の需要を満たすために、森林や湿地などの自然環境が破壊され、新たな農地が開墾されるのです。今や陸地の3分の1以上が農地とも言われています。
また、消費を目的とした乱獲による危機も非常に大きな問題です。世界の漁業生産量は、1950年から2000年の50年間でなんと6倍以上に達しています。人口が同時期に約2.4倍になったのを遥かに超える伸びであり、漁業資源の3分の1以上が過剰利用とも言われています。
参考:水産庁|令和3年度水産白書|第4章(1)世界の漁業・養殖業生産
さらには、食用としてだけでなく、観賞用やステータスの象徴(例:ゾウやサイ)など、所有すること自体を目的とした乱獲や密猟も生物多様性の減少を招いています。
このように、人間都合による活動が深刻な生態系破壊を招いているのです。
森林、里地里山の手入れ不足による荒廃
農山村の人口減少や高齢化が進み、里地里山では間伐などの森林管理が十分に行われないことで、生き物の生育環境としての質が低下しています。
山林が放置され、手入れが行き届かないと生態系のバランスは崩れ、動植物が絶滅の危機に晒されます。例えば、過去に人間が狩猟していたクマやイノシシなどは人間活動の低下によって個体数が増加し、自然生態を破壊しています。
また、人間によって管理されていた山林が放置されることで、木々が増え、枝が伸び、山林の中は暗くなってしまいます。その結果、植物は十分な日光を得られず枯れて植生が荒れてしまい、生息していた昆虫や動物もいなくなってしまいます。
外来種による生態系の撹乱
家畜やペットの野生化、運搬物に紛れ込んでいた生物が繁殖し、日本固有の種を餌としたり、棲家を奪ったりすることが問題になっています(アライグマ、ヒアリなどが有名です)。
有名なのは、奄美王島でのマングース生態系撹乱の事例です。1979年、奄美大島ではハブやネズミの駆除に有効だとして30頭のマングースが持ち込まれました。しかし、2000年にはおよそ10,000頭まで増え、小型の哺乳類を食べるなどによりアマミノクロウサギなどのその島にしかいない生き物の数が激減してしまいました。2000年から環境省や県により本格的な防除が始まり、2024年9月3日、根絶が宣言されました。
国連の科学者組織、生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)の報告書によると、生態系に悪影響を与える侵略的外来種が世界に与える損失は年間4,000億ドル(約60兆円)を超えるとされています。
地球環境の変化による危機
言うまでもなく、地球温暖化などの地球環境の変化も生物多様性に大きく影響しています。
南極の氷が溶ければ氷上で生きる動物の住処は失われます。水温上昇に伴い、本来は南で生育すべき魚がまったく異なる海域で発見されたり、地域名物の水産物の漁獲量が減っている例もあります(10年前と比べると、函館のスルメイカは10分の1、岩手県のサケは46分の1、氷見の寒ぶりは4分の1にまで漁獲量が減少しています)。
参考:海の温暖化で漁業に影響が 地域の名産が変わる可能性も-地球のミライ-|NHK
また、2000年時点のレッドリストでは気候変動が絶滅危機の要因になっている種数はゼロだったものが2021年12月に更新された際には大きく変化しています。
気候変動が絶滅危機の要因になっていると指摘された野生生物種は5775種。気候の変化に伴う生息環境の変化(2854種)、干ばつ(2522種)、暴風雨や洪水(1399種)、極端な気温変化(1106種)などが主な内訳です。
※絶滅危機種以外の、まだ絶滅のおそれが高くないとされる種まで含めると、最新版のレッドリストでは1万1,475種の野生生物が気候変動の影響を受けており、この数は今後増え続けると考えられています。
「フリーライド」による生態系サービスの過剰利用(経済学的視点)
環境経済学的な観点では、世界的に生態系が危機に晒されている原因はフリーライド(ただ乗り)によって生態系サービスが過剰利用されていることと解釈されています。
人々は対価を払うことなく無料(ただ)で生態系からの恵みを利用しています。そのため、その恩恵の価値を意識することなく、使いすぎてしまうのです。
例えば、森林の洪水防止機能や水質浄化機能は人々は対価を支払っていなくてもその恩恵を受けることができます(公共財的な性質を持っています)。対価を支払わない人がいたとしても、その人を生態系サービスの恩恵を受けることから排除することはできません(非排除性)。また、特定の人々が生態系サービスを利用したからといって、他の誰かの利用可能性を減らすこともありません(非競合性)。
この2つの特性により、生態系サービスを利用している私たち消費者が、生態系に貢献するインセンティブがなくなってしまうのです。
生物多様性に関するこれからの動き
生物多様性に関する取り組みで、現在、特に注目が高まっているキーワードをご紹介します。
生態系サービスの「可視化」と「主流化」
TEEB(生態系と生物多様性の経済学)では、全ての人々が生物多様性と生態系サービスの価値を認識し、自らの意思決定や行動に反映させる社会を目指し、これらの価値を経済的に可視化することの有効性を訴えています。
これまでの経済社会では、生物多様性や生態系サービスの多くを無料同然に扱い、その価値を十分に評価・認識してこなかったため、生物多様性の損失を招いてしまいました。生態系サービスの利用を適正な水準にとどめるためには、まず人々が生態系サービスは有限であり、価値がある、有料であるということを認識することが必要です。これを「可視化」といいます。
自然の価値を経済的な価値に置き換えて可視化することで、人々は生態系からの恩恵の価値を認識できるようになり、生態系を大切にしようという意識を作り出すことができます。
そして、重要性を認識するだけでなく、行動に反映させる必要があります。
生物多様性の保全と持続可能な利用の重要性が国・地方公共団体・企業・国民などの様々な主体に広く認識され、それぞれの地域計画や事業活動、消費行動などに反映させることを「主流化」といいます。
ネイチャーポジティブ
ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、生物多様性の損失を止め、反転させるための緊急の取り組みを行って、回復軌道に乗せることを意味します。
これまで述べたように、今の地球は凄まじい速度で生き物が絶滅しているネガティブ(マイナス)の状態です。生態系が豊かになるように経済から社会、政治、技術の全てにまたがって取り組みを進めることで、2030年までに生物の種の数が回復して自然が豊かになるポジティブ(プラス)な状態にしていく必要があります。
ネイチャーポジティブは、2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)や、G7の2030年自然協約などにおいてもその考え方が掲げられるなど、国際的な認知度も高まっているキーワードです。日本国内でも、2023年3月に閣議決定した生物多様性国家戦略において、2030年までにネイチャーポジティブを達成するという目標が掲げられています。
30by30目標
地球上の生物多様性は、陸と海の豊かさの根源であり、私たちの暮らしを支える自然資本を形成しています。しかし、その多様性が人間の無秩序な活動により急速に消失しています。
その消失を抑止するために始まったのが「30by30目標」です。これは、陸と海のそれぞれで30%以上の面積で健全な生態系を保全する国際的な目標であり、2022年の昆明・モントリール生物多様性枠組の重要なターゲットとして採択され、2030年までのネイチャーポジティブ実現に向けた目標の1つとして位置付けられています。
「30by30」の要は、生物多様性を保全するために重要な場所に保護区を拡大し、生物絶滅を抑止し、保全の実効性を強化することです。日本国内においては、国立公園などによって既に陸域の約20%、海域の約13%が保護区域に認定されています。目標達成には、あと10%の陸地を保護する必要があります。
そこで重要になるのが、企業の森やビオトープ、自然観察の森など、これまで有志の民間企業や民間団体、自治体などによって保全されてきた区域です。2022年4月、環境省はこのエリアを国立公園のように法的に設定される保護区域以外で生物多様性の保全に貢献している地域(OECM)として認定する取り組みを進めるため、「生物多様性のための30by30アライアンス」を立ち上げました。
今後は、まずは民間や自治体が所有している生物多様性の高い地域を自然共生サイトとして国が認定し、審査を経てOECMへの登録を進めることで、生物多様性の保全エリアを30%に拡大しようと取り組んでいます。この国際的な約束を達成するには、民間・自治体を巻き込み、オールジャパンで取り組む必要があります。
参考:環境省|30by30
企業や地方自治体の取り組み事例
これまでの取り組みにより、日本の生物多様性の損失速度は過去50年間で緩和されてきたものの、損失を回復するには至っていません。
生物多様性の損失を止め、回復に向かわせる(ネイチャーポジティブの実現)には「社会変革」を起こすことが重要です。30by30目標やネイチャーポジティブを達成するためには企業・地方公共団体・NGOをはじめとする様々なステークホルダーが連携して取り組まなければなりません。
世界のGDPの半分以上は生物多様性に依存しているという中で、生物多様性に影響を与えない業種はもはや存在しません。どの業界においても自らの事業の自然への影響を考え、その取り組みを進める責任があると言えます。
そこで本稿の締め括りとして、生物多様性についての先進的な取り組みを行なっている企業や自治体の事例をご紹介します。
サントリー【企業の森を通じた地下水涵養】
Water Positive!(ウォーターポジティブ)をスローガンに、森を通じて地下水涵養を積極的に進めるサントリー。サントリーの飲料はほとんどが地下水(天然水)からできています。
「サントリー天然水の森」は、工場の水源涵養エリアで地下水の育む力の大きい森を目指して森林を整備する活動であり、国有林として初めて「自然共生サイト」としても認定されました。ボランティア活動ではなく、サントリーグループの事業活動の生命線として位置付けられています。
“「地下水」の安全・安心と、サステナビリティ(持続可能性)を守るために、サントリーグループでは、『国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水』を、工場の水源涵養(かんよう)エリアの森で育む、「サントリー天然水の森」活動を行っています。
良質な地下水を育む森は、生物多様性に富んだ森です。森林が本来持っている機能を回復すれば、そこに生育する動植物相にも変化があります。「天然水の森」では、鳥類を含む動植物の継続的な生態系モニタリングによる計画的な管理を行っています。
環境のバロメーターといわれる野鳥たちに注目することで、彼らを支える生態系全体の変化の状況を総合的に把握できると考え、専門家による野鳥調査を毎年行っています。 また、国内すべての「天然水の森」において、生態系の最上位に位置するワシ・タカ類の営巣・子育ての実現を目指した「ワシ・タカ子育て支援プロジェクト」を進めており、「天然水の森」を鳥類の目から見つめ、生物多様性豊かな森づくりを進めることを目指しています”
PUMA【自然資本への負荷の「可視化」】
スポーツ製品企業のPUMAは、2011年、世界で初めて「環境損益計算書(EP/L報告書)」を公表し、自社が及ぼす環境負荷を「可視化」しました。
この報告書は、自社だけでなく、サプライチェーン全体で発生する温室効果ガスと水の消費等がどのくらい生態系に及ぼしているかを経済評価したものです。経済活動による環境破壊が進み、このままだと人間がこれまで通り地球で生活できなくなるかもしれません。金銭的価値だけで企業を評価する時代は終わりを迎えつつあります。
たとえ金銭的に大きな利益が出ていても、環境に大きな負荷を与えている企業は価値が低いとみなされる時代になっています。PUMAは、こうした時代の流れを見越し、先陣を切って自社が与えている環境負荷を公表しました。
“その結果は非常に興味深いものだった。そもそもプーマはファブレスだから、自社の環境負荷は極端に低い。物流などを含めても、全体の6%にすぎない。一方、縫製工場などが含まれる第1層から綿花畑などの第4層までサプライチェーンを遡っていくと、上流にいくほど自然資本に与える影響は大きい。第4層の影響は57%と、実に半分以上を占めていた。
プーマはさらにサプライヤーごとに負荷を調べ、どのサプライヤーの負荷が大きいかを分析した。その結果、シューズに使う牛革をとる牛を育てるための飼料生産に要する水使用が大きな負荷を持つことがわかった。当時のプーマのCEOは、シューズの原材料を環境負荷がより少ないものに変更するように指示を出した。その結果、1年後には牛革に代わる再生素材を原料としたシューズが市販されるようになったのである。
このようにしてプーマは、サプライチェーンが自然資本に与える負荷を削減しただけではなく、自らの事業リスクを減らすことにも成功した。そしてさらにその取り組みを一般の消費者にもアピールして支持を求めているほか、代替原材料を安く購入できるように関税の引き下げを求めて政府にロビイングも行っている。
自然資本会計を使って明らかになった数字を武器に、味方を増やし、ビジネスのあり方、もっと大きく言えば社会のあり方まで変えようとしているのである”
ウニノミクス【持続可能なウニの磯焼け対策】
ウニノミクスは、磯焼けの原因のウニを地域の特産品にすることで藻場の修復に寄与する循環型ビジネスを行うソーシャルビジネスです。
地球温暖化などの環境変化が主な原因となり、増えすぎたウニによって、多様な生物の生息地である藻場が食い荒らされる磯焼け問題。日本を含め世界各国で深刻な環境・社会問題となっています。磯焼け解消には、定期的な間引き活動などによるウニ個体数の管理が不可欠ですが、磯焼け地域に生息するウニは身入りが悪く売り物にならないために、通常は漁獲されず、潜水士の人件費など多大な費用がかかり容易ではありません。
そこでウニノミクスは、「磯焼け」の原因となるウニを漁業者から買い取り、養殖で身を太らせて販売する取り組みを始めました。
“当社では創業当時から、磯焼け対策・藻場保全を事業の目的に掲げ、経済的に自立しながら継続的に磯焼け対策・藻場保全を遂行する手段としてウニ畜養に着手しました。
具体的には、まず異常繁殖した厄介者ウニを漁業者から買い取ることで磯焼け対策活動を促進させます。これまでは磯焼けの身入りの悪いウニは商品価値が無く買い手がいないから十分に採捕されず厄介者のウニが繁殖を続けるという悪循環でした。その痩せたウニを買い取り畜養することで地域に新たな産業、特産品を生み、海の環境保全と地域漁業、経済の持続的発展を同時に叶えます”
ソニー【水田を通して地下水を守る】
ソニーは、「使った水はきちんと返そう」をスローガンに、水田を利用した地下水涵養を実施し、生物多様性の保全に取り組んでいます。
“ソニー株式会社は自社の環境計画「Road to Zero」のなかで環境活動の重要な視点のひとつとして「生物多様性」を挙げており、その源泉となる自然資本の保全に努めています。
例えば、グループ会社であるソニーセミコンダクタ株式会社熊本テクノロジーセンター(熊本テック)では、半導体を生産する過程で大量の地下水を使用します。熊本テックが位置する熊本地域は、阿蘇の火山活動で形成された地質構造と水田により豊富な地下水を有する地域ですが、近年、水田面積の減少及び都市化や産業の発展に伴う宅地等の増加によって、地下水位の低下が心配されています。
熊本テックでは、地下水を重要な自然資本と認識し、平成15年から「使った水は、きちんと返そう」をスローガンに地下水を涵(かん)養する事業を開始しました。具体的には、周辺農家の協力を得て、作物の作付け前(5月から10月までの時期)か、あるいは収穫後の水田(転作田)に、川から引いた水を張ることで、水を地下に浸透させて戻しており、協力農家に対して湛水日数に応じた協力金を支払っています。
この活動により、熊本テックの年間水使用量(上水・地下水含む)と同等の涵養ができています(平成17年度を除く。平成17年度は、夏場の日照りの影響で、涵養日数が予定日数の半分になり、涵養量も約半分になりました。)。さらに熊本テックでは、環境イベントの一環として、地下水涵養を行う一部の水田で従業員が田植えや稲刈りを行ったり、地下水涵養農地で生産された米を従業員個人が購入する取組を行うことで、地元農家を支えることによる地域貢献と、地下水資源の保全を図る取組を進めています”
参考:環境省|平成26年版 図で見る環境・循環型社会・生物多様性白書|第4章 グリーン経済を支える自然資本|2(2)自然資本をと入り入れた経営
ソフトバンク【サンゴの保全活動】
ソフトバンクは国際社会が目指す「ネイチャーポジティブの実現」を支持し、その実現に貢献するため、特にサンゴの保全活動を通じて海洋環境を守ることに貢献しています。
事業活動が生態系に及ぼす影響を低減させることを社の重要課題の一つと捉え、美しい地球の未来を守り、次世代に受け継いでいくための活動に取り組んでいます。
“温暖化対策や生態系維持など環境保全の取り組みとして、サンゴの植え付けや環境保全を積極的に行う沖縄県恩納村および多数の企業や団体と合同で、2019年7月に「未来とサンゴプロジェクト」を立ち上げました。
本プロジェクトではサンゴを守り、未来の地球の生態系を維持していくために、募金を集め、集まった募金でサンゴの苗を購入し、その植え付けを行うボランティアツアーや近隣のビーチクリーン活動の実施、サンゴが成長する様子や協力企業、団体活動の情報発信などの取り組みを行っています。
サンゴの保全ならびに研究に取り組むサンシャイン水族館に、プロジェクト立ち上げより学術的なサポートをいただき、今後も連携を深めていきます”
ダイフクグループ【エコアクション制度により社員の「主流化」を支援】
ダイフクグループは、生物多様性保全への対応を、持続可能な社会の実現のために取り組むべき重要なテーマと位置付けています。
滋賀事務所の120万平米ある敷地内では、1000種以上の在来種のほか、絶滅危惧種や希少種も生息していることが調査によりわかりました。この事業所内にある「結いの森」では、ヤマトサンショウウオをはじめとする希少種の保全や、アカマツ育成エリアの整備などを行い、生物多様性の保全に取り組んでいます。
また、環境貢献をより身近に感じられるように、社員の環境活動に対しエコポイントを付与する「DAIFUKUエコアクション制度」を2012年度から始めました。環境の持つ価値を理解し、意思決定や行動に組み込む「主流化」の支援を行っています。
“2012年にスタートした「ダイフクエコアクション」は、環境や社会貢献に対する従業員の自主的な学びを促進・活性化することを目的に、従業員の環境活動に対してエコポイントを発行し、取得したポイントをエコ商品や震災復興商品などに交換できる取り組みです。また、発行したポイントに応じた金額を社外団体へ寄付しています。2022年度は、延べ1万132名が参加し、そのポイントに相当する317万円を下記5件(*琵琶湖博物館や日本自然保護協会など)に分割して寄付いたしました。
なお、2023年度からは「ダイフクサステナビリティアクション」に名称を改め、環境活動に加えて社会貢献活動にも対象を広げて取り組んでいます”
イオン株式会社【環境配慮商品の持続可能な調達を推進】
イオンは持続可能な調達やイオンのふるさとの森での植樹活動など、多種多様にわたる生物多様性の取り組みを推し進めています。
水産物では持続可能な漁業で獲られたことを認証する「海のエコラベル」が付けられた水産物の取り扱いを拡大し、持続可能な調達を推進しています。生物多様性に関わるのは、一次産業や製造業だけではありません。小売業として、どのような商品を仕入れるのか、環境に配慮した行動が求められています。
“持続可能性に配慮し資源管理された生鮮品やそれらの加工品についての目標を設定し、取引先さまと共有しながら、仕入れ・販売活動を行い、お客さまにその情報を発信します。
- 持続可能性に配慮した生物資源の認証(MSC、ASC、FSC®など)された商品を積極的に取り扱い、情報を発信します。
→ 「MSC認証」商品、「ASC認証」商品、「FSC®認証」商品 - 環境負荷の低い「トップバリュグリーンアイ」農・水・畜産物の開発、販売を継続して取り組みます。
→ トップバリュ グリーンアイ、トップバリュ オーガニック(加工品)、トップバリュ オーガニック(農産物) - 農産物の地方品種の保存、普及を「フードアルチザン(食の匠)」などによりお手伝いします。
→ フードアルチザン(食の匠)”
- 持続可能性に配慮した生物資源の認証(MSC、ASC、FSC®など)された商品を積極的に取り扱い、情報を発信します。
滋賀県【生物多様性の取組認証制度を推進】
滋賀県では、生物多様性の保全と自然資源の持続的な利活用に取り組む事業者を認証することにより、その取り組みを「見える化」し、認証事業者のブランド価値の向上に資するとともに、社会経済活動において生物多様性に配慮することの重要性について普及啓発を図ることを目的として「しが生物多様性取組認証制度」を設け、認証しています。
“しが生物多様性取組認証制度の認証者は認証マークを広く経済活動にご使用いただけます。認証マークは滋賀県のシンボルでもある琵琶湖を中心に人も含めて様々な生きものが共生している様子が描かれており、認証者が生物多様性の保全や自然資源の持続的な利活用に資する取組を実施されていることを表しています”
この記事の著者について
執筆者プロフィール
氷見 優衣
神戸大学国際人間科学部環境共生学科の4年生(2024年時点)。高校生の時に参加したワークショップで体験型のゲームコンテンツを通した社会課題の解決や参加者全員が主体的に生き生きと議論できる「場づくり」に魅せられる中で、体験型ゲームの開発元であるプロジェクトデザインと出会う。2022年の8月より、同社の長期インターンシップに参加。大学で学んでいる知識を活かし、環境問題や社会課題、SDGsをテーマにした記事の執筆に取り組む。ジブリ映画が大好きで、趣味は絵を描くことと、カフェ巡り。
編集者プロフィール
池田 信人
自動車メーカーの社内SE、人材紹介会社の法人営業、新卒採用支援会社の事業企画・メディア運営(マーケティング)を経て、2019年に独立。人と組織のマッチングの可能性を追求する、就活・転職メディア「ニャンキャリア」を運営。プロジェクトデザインではマーケティング部のマネージャーを務める。無類の猫好き。しかし猫アレルギー。
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