球界の名手を立て続けに輩出する岩手県の取り組みから学ぶ、人材育成の視点(ビジネスゲーム開発日誌 Vol.26)

大谷翔平選手がア・リーグ(アメリカンリーグ)のMVPを満票で受賞し、国民栄誉賞を辞退しました。僕も今年、彼の活躍に勇気づけられた一人です。彼の投打にわたる活躍に人知れず涙を流していました。

大谷選手は岩手県の出身です。

ここで人材育成のプロとして気になるのは、「なぜ、岩手が世界的名手を立て続けに輩出するのか?」という点です。「立て続けに」がポイントです。

そこには秘密や仕組みがあるはずです。

菊池雄星、大谷翔平ら一流メジャーリーガーは言うに及ばず、若手の有望株として、怪物・佐々木朗希も控えています。

県外から有望な選手を引き抜いてきたわけではありません。菊池は盛岡市、大谷は奥州市、佐々木は陸前高田市出身と、地元で生まれ育った選手たちです。

大変失礼ながら、岩手県は人口120万人。人口密集地からは大きく外れ、私の住む富山県同様、ひとことで言うと田舎です。菊池雄星選手や大谷翔平選手を生んだ花巻東高校は私立高校ですが、佐々木選手の大船渡高校は県立高校です。

例えば国力といった観点から見ると、東京や大阪がアメリカだとしたら、岩手は日本…かそれ以下だと思います。

しかし、そういった地域から球界を代表するような人材が輩出されている。国力で劣り、強力な人材採用手法を通じて県外から集めた人材でもないとしたら、“育成力そのもの” に強さの秘密がありそうです。

地域ぐるみの育成強化の視点と3つの成功要因

大谷選手を育てた花巻東高校の監督が言うには 「以前から有望な選手はいたと思う。しかし、育て方がようやく追いついて来たのではないか」 とのこと。

この育て方とは、1校だけの話ではなく岩手県全体で取り組んだ教育・育成改革のことです。 

教育・育成改革を象徴する出来事の1つに、大船渡高校佐々木選手の「登板回避問題」が挙げられます。第101回全国高校野球選手権岩手大会決勝戦で連投を避けるために佐々木選手に登板させず、大船渡高校が2-12で敗れた事件です。

大船渡高校には「なぜ、佐々木に投げさせないんだ!」と苦情が殺到したそうです。

また、高校野球の監督の中でも意見が分かれ、多くの監督は「けしからん」という声だったそうです(ただし、元プロ野球選手の桑田氏やサッカーの長友選手は大船渡の監督と佐々木選手の “登板回避” の勇気に賛辞を送っています)。

野球を知らない読者から見たら、「選手が故障する可能性があるんだったら連投させないのは当たり前じゃん」と思うかもしれません。しかし、長期での選手の育成よりも短期での勝負と燃えたぎるような夏の情熱に陶酔してきた高校野球フリークや関係者から見ると、なかなかそのパラダイムシフトが出来ないのです。

地域ぐるみでの育成強化の視点では、第92回高校サッカー選手権で優勝した富山第一高校(富山)、第93回高校サッカー選手権で優勝した星陵高校(石川、前年は準優勝)の話も参考になります。

富山はほとんどが地元のメンバーで構成され、石川は県外からのメンバーも多くいたという違いはありますが、北陸勢で高校サッカーの1位-2位を争った時代があります。

Jリーグが下部組織を持ち、有望な選手のかなりの数が下部組織のチームに行き、高校サッカーだけが高校生の活躍の場でなくなった背景もありますが、それを差し引いても、北陸勢の躍進はすごいものでした。

この地域ぐるみの取り組みの成功要因は3つ挙げられます。

  1. 北陸地域で連携しての強化策の実行
  2. 選手自身に考えさせる “コーチング” 形式の指導の徹底
  3. Jリーグの下部組織も参加するプレミアリーグ、プリンスリーグでの試合慣れ

そして、この成功要因はビジネスにおける人材育成の視点でも大いに参考になります。

  1. 地域ぐるみでの強化に取り組む(すでに自動車メーカーや食品メーカーでは、国内で争うのではなく協力し鍛え合う方向に転じています)
  2. 中長期的な人材育成プログラムの実行(まだまだ、1年間の短期で人材育成を考えている企業が多いように感じます)
  3. 海外市場での他流試合(富山にいて思いますが、放っておくと井の中の蛙になって「俺スゲー」と自己満足しがちです)

上記3点は、経済大国の座から滑り落ちつつある小国・日本が、人材育成の1点から世界の頂点に立つための処方箋になるのではないでしょうか。

執筆者プロフィール

福井 信英

富山県立富山中部高等学校卒業、私立慶應義塾大学商学部卒業。 コンサルティング会社勤務、ベンチャー企業での営業部長経験を経て富山にUターン。2010年、世界が抱える多くの社会課題を解決するために、プロジェクト(事業)をデザインし自ら実行する人を増やす。というビジョンのもと、株式会社プロジェクトデザインを設立。現在は、ビジネスゲームの制作・提供を通じ、人材育成・組織開発・社会課題解決に取り組む。開発したビジネスゲームは国内外の企業・公的機関に広く利用され、英語版、中国語版、ベトナム語版等多国語に翻訳されている。課題先進国日本の社会課題解決の実践者として、地方から世界に売れるコンテンツを産み出し、広めることを目指す。 1977年生まれ。家では3人の娘のパパ。

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