【フィンランド教育体験記】就学前教育学校(プレスクール)における担任の先生の裁量権について
- 最終更新日:2024-03-07
【フィンランド教育体験記】はフィンランド共和国のエスポー市に移住されている上田雄哉さんの視点で綴る、教育体験レポートです。
フィンランドについて
著者プロフィール
上田雄哉(うえだ ゆうや)
富山県滑川市出身、フィンランド共和国エスポー市在住。職業能力開発総合大学校の造形工学科を卒業後、民間企業で4年間勤務。2012年4月に行政(商業デザイン)職として富山市役所へ入庁し、12年間の在職中にデザイン振興業務、観光施設管理業務などを担当した。プライベートでは結婚を機に2013年11月から兼業主夫となり、娘の誕生後に延べ2年と9週間の育児休業を取得。2023年8月、夢だったフィンランド暮らしを妻の現地大学院進学を機に実現。大学院生の妻とエスポー市のプレスクールへ通う娘と3人暮らし。
就学前教育学校(プレスクール)における担任の先生の裁量権について
こんにちは、フィンランド在住の上田雄哉です。
2023年の8月にフィンランドのエスポー市へ妻と6歳の娘の家族3人で移住し、娘が就学前教育学校(プレスクール)に通っています。教育水準が高いと言われているフィンランドで実際に娘が通っているエスポー市のプレスクールを中心に、娘が体験したことをフィンランド教育の一例としてご紹介したいと考えています。
これまでの【フィンランド教育体験記】の連載記事はこちら。
- フィンランド教育を紹介する上でのキーワード「子育て支援」について
- フィンランド教育の「就学前教育学校(プレスクール)」について
- フィンランド教育の「就学前教育学校(プレスクール)」登園1週目について
- 就学前教育学校(プレスクール)のミニ遠足(秋冬編)
- 就学前教育学校(プレスクール)の冬季限定!最高の送り迎え
今回お届けする内容は「就学前教育学校(プレスクール)における担任の先生の裁量権について」です。それではどうぞ!
連絡帳がない!? 担任の先生しか予定や持ち物を把握していない!?
娘が富山市で通っていた保育園では、持ち物やその日あったことなど先生と保護者の日々の伝達事項は連絡帳で行なっていましたが、エスポー市で娘が通っている保育園では、連絡帳がありません。その代わりに、「eVaka(エーヴァカ)」と呼ばれる自治体が運営しているデジタルシステムがあります。
eVakaの機能は下記の通りで、市内の各保育園が同じシステムを使用しています。
- 予定や持ち物が記載されているカレンダー
- 出欠、保育時間の報告
- 園と保護者のメッセージのやり取り
- その他のお知らせ
参考:eVaka | City of Espoo(エスポー市のホームページ内「eVaka」紹介ページ)
その日の娘の様子やお昼に食べたものなどは、お迎えの際に、先生が毎日口頭で説明してくださいます。
ちなみに、娘は遊ぶことに夢中で、よく「まだ遊んでるから先に先生とお話ししてきて!」と言われます。マイナス10度を下回ったある日は、色水を色々な容器やゴム手袋に入れて外で凍らせ、園庭に飾ったり、壊したりした後、ソリの中に集約されていることもありました。
フィンランドへ移住された方の多くが経験されていることかもしれませんが、移住してから3ヶ月ほど、私や妻はフィンランドでの身分証明書(ID)がありませんでした。そのため、そのIDに紐づけられて初めて
アカウントを開設できる保育園のシステムの他、あらゆる電子システムを使用することができませんでした。
その間は、保育予定時間は毎週ショートメールで送り、日々の予定は口頭で確認せざるを得ない状態でした。今はeVakaが使用でき、とても便利になりました。eVakaにはこれまで紹介した内容の他に、年に2回ある担任の先生との保護者面談(秋に40分、春に15分)で話した内容や、それぞれの子どものために独自に作成された保育や学習に関する計画の内容も登録されています。
余談ですが、住民登録を行う際に戸籍謄本の原本に公証がないということで、再提出を求められ、保育園の電子システムどころか娘の正式な父親としての電子的な紐付けすら11月頃までできていませんでした。
(幾多の障壁を乗り越え、やっとフィンランドの電子システムを利用できるようになってからは、生活する上で必要な社会保障関係のシステムをはじめ、スーパーの会員カードに至るまで様々なシステムに簡単に紐づけられるようになりました!)
以前の記事でミニ遠足について記載しておりますが、eVakaを使用できないと、直前まで行き先や持ち物、出発時間すら分かりません(移住して間もない私たちにとってはよく分からない行き先や、イベントを聞くたびにいつもハテナマークが浮かんでいました)。
ある時は、ミニ遠足が翌日にあることを先生が伝え忘れており、朝家を出る時に電話がかかってきて、「ごめんなさい、昨日お伝えし忘れていたかもしれませんが、今日は近くの図書館まで行きます。もう出発するので、直接図書館に来てもらえませんか?」ということもありました。
基本的には金曜日が出かける日ですが、たまに変則的に水曜日になることもある上、ミニ遠足の日は通常の登園時間より早いことも多いため、必ず週のはじめ頃に確認する必要があり、聞き漏らさないよう常に気を張っていました。
ちなみに、ミニ遠足で行って楽しかったスケートリンクへ、休日に家族で行きました。
こちらはエスポー市が運営している無料のスケートリンクで、本物の氷でできています(スケート靴は1時間5ユーロでレンタルできます)。
イベントについての詳細は、今後、園内イベント関係の体験談としてご紹介したいと思いますが、毎日のぬいぐるみ持参以外に、たまに「Lelupäivä(おもちゃの日)」があります。
この「おもちゃの日」があることを聞きそびれ、「おもちゃの日」におもちゃを持たずに登園した日の帰りには、娘にとても怒られました(おもちゃの日は自分のお気に入りのおもちゃをお友達と見せ合いっこする、子どもたちにとって最高なイベントの一つだと推測されます)。
こういったアクシデントがあったため、登園や降園時にはいつも「先生に予定や持ち物を確認しなくては!」と思い、お迎えの際にお会いする先生に必ず聞くようにしていたところ、担任ではない他の先生に聞いても「担任しかその行事の詳細を把握してないの。明日聞いておくね。ごめんなさい」と言われることが多いことに気がつきました。
そのため、必死に担任の先生と話せるチャンスを狙ってお聞きするしかありませんでした。担任の先生がクラスの運営や行事についての采配をしており、他の先生方(保育士、保健師)はあくまでサポートということだと思いますが、あまりの徹底ぶりに驚きました。
担任の先生の裁量権を最も感じた瞬間
ある日、「明日、娘の祖母(妻の母)が日本から来て数日滞在する予定です」と担任の先生にお話ししていたところ「それならぜひ保育園の中を見学しに来てくださいね!」と言われました。
妻の母は早朝フィンランドに到着したため、着いたその日から一緒に登園できました。私は、「担任の先生は忙しいし、娘のクラスを案内してくださるくらいかな」と思っていました。
ところが、「ようこそフィンランドへ!」と担任の先生にガッツリ招き入れられ、一時間ほどかけて園内を隈なく見学させていただきました。
さらに、案内をしてくださっている最中に突然、担任の先生が何か閃いたようで、「いいことを思いついたわ!(ポンッ!)日本の絵本を持っていますか? もしよかったらお母さん、明日の朝、クラスみんなの前で日本語の絵本を日本語で読んでもらえませんか?(ニッコリ)」と楽しそうに提案されたのです。
たまたま、妻の母は娘へのお土産に絵本を日本から持ってきていたため、とても驚きながらも「OK!」と答えていました。私は、先生のライブ感あふれる無茶振りにも、それを受けた妻の母の即決回答にも驚きました。これが、担任の先生の裁量権を最も感じた瞬間です。
こうして妻の母は、到着した翌日の朝に突然娘のクラスで読み聞かせをすることになりました。
翌朝は、娘と妻の母、私の3人で、登園。すると、娘のクラスへ案内され、娘はクラスの輪の中へ入り、私たちは少し離れたところで座って待機するよう言われ、通常通りのプレスクールが始まりました。
しばらくすると、担任の先生が「今日はなんとププ(娘のニックネーム)のムンモ(フィンランド語で祖母の意味)が私たちのクラスに来てくれています! 昨日、日本から飛行機で来たそうです。今日はププのムンモに日本語の絵本を読んでもらいます! はい拍手!!」のような具合で盛り上げながら妻の母を紹介。
「私たちのクラスの中にはフィンランド語が母語の子も、そうでない子もいますね。ププやププのムンモ、ププのお父さんは日本語を話します。世界には自分が知っている言葉とは全く違う言葉を話す人がたくさんいます。丁度良い機会なので、今日はみんなで日本語を聞いてみましょう」と、このイベントの趣旨を説明してから妻の母をクラスの前に招きました。
(※子どもたちへは常にフィンランド語でお話されているので、まだまだフィンランド語勉強中の私には、断片的にこのようなことをお話しされているのかなと言うことしか分かりませんでした。ちなみに、ププはこちらのブログでの娘のニックネームで、娘が好きなうさぎを表す言葉の一つです。)
子どもたちは妻の母の読み聞かせる絵本(スイミー)の普段聞き慣れない言葉の響きに熱心に聞き入り、「Miten sanotaan kala japaniksi?(日本語でお魚は何て言うの?)」など絵本に出てきたものについて質問したり、「こんにちは」や「ありがとう」などの簡単な日本語をみんなで言ってみたりしていました。
そしてこの特別な読み聞かせ会に、娘も嬉しそうな顔。
また、妻の母は「キラキラした瞳に囲まれて、絵本を食い入るように見つめ、耳を傾けてくれたインターナショナルな子どもたちに読み聞かせをした経験は、一生の思い出になった」と言っていました。
後になって感じたことですが、この時、娘はエスポー市の保育園に通い始めて1ヶ月弱の頃で、娘自身まだまだ言葉も分からず、言いたいことも言えず辛いと思うこともあったと思います。
妻の母の読み聞かせ会は、同じクラスに様々な文化をバックグラウンドに持つ子どもがいることを当たり前のこととして捉え、それを尊重しながら、必要なサポートをするべく一人ひとりに向き合ってくださっている様子を目の当たりにする機会だったように感じました。
また、エスポー市の教育計画通り、多様性を大切にし、子どもたちそれぞれに合った教育、保育をしていくということを先生方が実践してくださっていると思いました。
数ヶ月後、今度は私の両親もフィンランドへ来ることになり、どうやら娘が担任の先生にその話をしていたようです。
ある時お迎えに行った際に担任の先生から、「娘さんから聞きましたよ。今度あなたの両親が来られるそうですね! また保育園へぜひ来てください! 案内しますから」と言われました。「ありがとうございます。でもちょうど保育園の冬休み期間中なので、連れて来られないんです」と答えると、かなり残念そうにしておられました。
担任の先生は何か興味深いこと、子どもたちが好奇心を持って学べる機会を貪欲に探しておられるように感じられます。
保護者の参画
保護者面談にて、担任の先生からこのようなことを言われました。
「ミニ遠足の行き先やクラスの催し物など、保護者からの情報提供はいつでも歓迎ですし、実際に保護者の方から子どもが関心を持ちそうなイベントなどの情報を提供していただくこともあります」
「スキルのある保護者の方に先生になってもらうこともあります。例えばあなた(私の妻)も大学院でアートやデザインの勉強をされているんですよね? 子どもたちに絵を描くワークショップなどをお願いしてもいいですね! 他にも、音楽でも運動でもお知り合いにスキルのある方がいればぜひご紹介ください!」
「とにかく私たちは、子どもたちにより良い体験や学びの機会を提供するために、使えるものは何でも使いますよー! あ、またご家族が日本から来られる際には絶対教えてくださいね(ニッコリ)」。
担任の先生の裁量権の大きさを感じる数々の経験のご紹介でした。
フィンランドの幼児教育と保育
関連情報を調べてみました!
先生の裁量権に関するエピソードと少し関係があると思い、フィンランド国立教育庁のホームページ内にある、「Development of the operating culture of ECEC(Early Childhood Education and Care)」について、翻訳ツールを活用してご紹介したいと思います。
“ECEC(幼児教育・保育)の運営文化の発展
幼児教育とケアに関する国家コアカリキュラムでは、幼児教育・保育を担う職員に 幼児教育・保育の運営文化を発展させることが義務付けられています。
運営文化を発展させる取り組みは、子どもたち一人ひとりがユニークな個人として、そしてコミュニティの一員として行動し、発達し、学ぶことができる包括的な就学前教育から始まります。
作業方法や運営方法を評価する際には、それが子どもの発達、学習、幸福をどのように最適にサポートするかを考慮することが不可欠です。決定は国家コアカリキュラムの目標に基づいて行われ、常に子どもの最善の利益を考慮に入れなければなりません。
運営文化の発展のための原則は、リーダーシップの仕事の基礎を築き、職場コミュニティの共同開発の前提条件を作り出します”
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今回の【フィンランド教育体験記】は以上です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。