コーチングとは?その意味と「社員の成長につながる良質な問いかけ」のノウハウ

“人は変わりたくないわけではない。変えられたくないのだ”

これは『学習する組織』の著者ピーター・センゲ氏の言葉であり、私たちは2つの教訓を感じ取ることができます。

ひとつは、人は誰しも自分が変わることに対して他人の介入を嫌うということ。他人の指示命令によって自分が変わることを迫られるのは抵抗感があるものです。もうひとつは、人は自分の意思で変わると決めたことをやり遂げようとする強い気持ちが芽生えるということ。

今、ビジネスシーンでは、人的資本経営やDE&I、ウェルビーイングなどのトレンドがあり、その根底には、その人らしさを発揮することをいかに組織的に支援するのかという問いがあります。

この観点において、問いかけを通じて本人が気付けていない自身の考えや価値観への気付きを促し、人が自分の意思で変わることを支援する、コーチングが注目されています。

コーチングに必要な3つのスキルは傾聴・質問・承認に大別されますが、本稿では、最も実践で難しく、悩ましいとされる質問に焦点を当て、社員の成長につながる良質な問いかけのノウハウをご紹介します。

Contents(目次)

ビジネスにおけるコーチングとは?

コーチングは様々な領域で活用される汎用的なコミュニケーション手法です。

本稿では、ビジネスの領域(主に、上司と部下の1on1ミーティング)におけるコーチングに焦点を絞った内容をお伝えします。

コーチングとは(コーチングの意味)

コーチングとは、対話によって「相手が自分の力で答えを導く」ことをサポートするコミュニケーション手法です。「答えはクライアントの中にある」ことが原則であるコーチングでは答えを教えることはしません。

コーチは、質問を通して相手から答え(気付き)を引き出し、その答えを掘り下げるための質問を投げかけていきます。そうすることで、相手は自身の頭の中が整理されていき、人から言われて動く(答えを待つ)のではなく、自分自身の意思で取るべき行動を決断できる(答えを導くことができる)ようになります。

ティーチングとコーチングの違い

ティーチングは、相手に答え(知識やスキル)を教えるコミュニケーション手法です。

ティーチングと言えば学校教育の場(授業を行う様子)がイメージされますが、ビジネスシーンにおいても、新入社員研修や管理職研修などの研修の場、業務指導を行うOJTの場でティーチングが行われています。

知識やスキルは、個人が自らの仕事を遂行していく上での土台となるものですが、仕事で成果を出す観点では、その土台の上に行動を積み重ねていく必要があります。つまり、PDCAサイクルを回しながら粘り強く仕事に取り組む姿勢が求められます。

この状況において、コーチングは個人の行動を活性化させる自律性・主体性の醸成やモチベーションを向上させる役割を担います。具体的には、1on1ミーティングなどの対話の機会を活用して、部下の悩みやビジョン(ありたい姿や成し遂げたいこと)に向き合う際に、コーチングが効力を発揮します。

このように、ティーチングとコーチングにはそれぞれ適した活用場面があるため、使いどころを間違えないことが大切です。ティーチングが求められる場面でコーチングを行う/コーチングが必要な場面でティーチングを行うことは、逆効果(期待とは反対の結果)になりかねません。

 ティーチングコーチング
定義相手に答え(知識やスキル)を教えるコミュニケーション手法相手が自分の力で答え(気付き)を導くことをサポートするコミュニケーション手法
目的 知識やスキルの習得自律性や主体性の醸成、モチベーションの向上
 適した活用場面研修やOJT1on1ミーティング

表. ティーチングとコーチングの違い

コーチングの理解を深める「人間の3つのフェーズ」

人間には、自己否定→自己肯定感→自己効力感という3つの心理フェーズ(心理状態の段階)があるとされています。この心理フェーズを前に進めるためのコミュニケーション手法を解説します。

①自己否定(今の自分を否定する状態)

自己否定は、自分自身に対して否定的な感情が強い状態です。入社間もない新人や、頑張っているものの結果が伴わない状況にある社員に見られます。

この心理状態にある相手には「カウンセリング」が有効です。相手との対話から過去を振り返り、悩みや思いを引き出すカウンセリングを通じて、自己否定というマイナスの状態から自己肯定へと導くことができます。

②自己肯定感(今のままでも良い満足感)

自己肯定感は、ありのままの自分自身の存在を肯定できる・認められる状態です。できるかできないかは関係なく、できなくても自分という存在を受け入れることができます。仕事で一定の経験を積んでいる社員の多くに見られる心理状態です。

自己肯定感は、ビジネスシーンにおいては自己成長を阻害する要因になり得ます。「自分はこんなものだ」と、今の状況に満足することで、主体的な行動(新しいことへの挑戦など)が疎かになり、成長が止まってしまうことが懸念されます。

この心理状態にある相手には「コーチング」が有効になります。本人の悩みの解決やビジョンの実現に向けて、どうあるべきかの答え導くサポートをすることを通じて、次の「自己効力感」の心理フェーズへの移行を促します。

③自己効力感(エフィカシー・やれる気)

自己効力感は、行動や目標などに対して「自分ならできる」と信じられる状態です。活躍する社員に共通して見られる心理状態と言えます。

自己効力感は「自分ならもっとできる」「頑張れば達成できる」などの強い信念を育み、自律的で主体的な行動を起こすためのエネルギーを生み出します。

この心理状態にある相手にも「コーチング」が有効です。

コーチングにおける「良質な問いかけ」とは

本稿のテーマである「社員の成長につながる良質な問いかけ」は何をもって良質なのかについて解説します。

良質な問いかけは、自分でも気付いていない自分との出会いをもたらす

自己分析・他己分析などの自己理解を深める際に活用されている心理学モデル「ジョハリの窓」では、「自分から見た自分」と「他人から見た自分」の情報を切りわけて分析することで、自己理解を深めることができます。

 自分は知っている自分でも気付いていない
他人は知っている 開放の窓(自分も他人も良く知っている領域) 盲点の窓(他人は知っているが自分は気付いていない領域)
他人が気付いていない 秘密の窓(自分は知っているが相手には隠している領域) 未知の窓(自分も他人も気付いていない領域)

表. ジョハリの窓

このジョハリの窓で、特に注目したいのが【盲点の窓】と【未知の窓】です。

【盲点の窓】は他人は知っているが自分は気付いていない領域です。「思わぬ長所」や「思わぬ思考の癖」など、他人からの指摘や問いかけを受ける中で初めて気付くこと。それが盲点の窓の領域です。

【未知の窓】は自分も他人も気付いていない領域です。開放の窓を大きくすること(盲点の窓と秘密の窓を小さくすること)で未知の自分の可能性に気付くこと(未知の窓の領域を小さくすること)ができます。

ここで、ビジネスパーソン個人の視点に立ってみると、多忙な業務の中において、自分が気付けていない自分というものを知る機会はそう多くはありません。だからこそ、第三者(上司)が、コーチングを通じて、本人(部下)が普段は考えないような事柄について深く思考を巡らせるように促すことに価値が生じます。

その結果、本人の自己理解が深まったり、悩みの根本的な原因に自力で辿り着けるようになったり、本人だけでは思いつかないような行動や選択肢を考えられるようになり、それが自律性や主体性の醸成やモチベーションの向上につながっていきます。

つまり、コーチングにおける良質な問いかけとは、本人が「自分でも気付いていない自分」との出会いをもたらすこと(そして、成長へと導くこと)をもって良質であると言えます。

コーチングにおける「良質な問いかけ」のノウハウ

ここからは、本稿の本題として、コーチングにおける「良質な問いかけ」のノウハウをステップ形式で分かりやすくご紹介します。

なお、本ノウハウは個人のビジョンの実現を支援する目的のもとに実施する、上司と部下との1on1ミーティングにおける問いかけを想定しています。

普段は上司と部下という上下関係ではありますが、1o1に臨む上では対等な関係性のもとに「一緒に答えを探して共に解決しましょう」という姿勢がとても大切です。いわゆる、「教えてやろう」といったスタンスやティーチング的なコミュニケーションは1on1では逆効果になることもあるのでご注意ください。

① ビジョンの実現に向けた目標設定をする(ゴールを定める)

まずは、部下本人が「どうなりたいのか」「どんなゴールに辿り着きたいのか」など、個人のビジョンの実現に向けた目標を明確にすることがファーストステップになります。

ここで気を付けるべきは「今期の営業目標を達成する」「お客様満足度を90%にする」などの組織目標を無理強いするのではなく、本人が本当に実現したいビジョン(目指したい未来)に向けた目標に気付かせるような問いかけを行うことです。

<ゴールを定めるための質問例>

  • あなたはどんな人に憧れる?
  • 前年度にやり残したことは何がある?
  • もし周りの人に何も言われないとしたらどんな仕事をしてみたい?
  • 仕事やお金のことを考えなくてもよかった頃、何が好きだった?
  • お金を払ってでも体験・勉強したいことは何か?
  • どんな時に自分は一番やる気が出たり、頑張れるのか?
  • 今の仕事や生活の中で、最も充実感を感じる瞬間はどんな時か?
  • 仕事の中でどんな瞬間にやりがいを感じる?
  • 自分がキャリアの終わりを振り返った時、どんなことを成し遂げたと言いたい?
  • スペシャリストとマネージャー、どちらに興味がある?
  • 1年後、何ができるようになっていたら嬉しい?
  • 将来的にどんな業務に関わってみたい?

② 現状と目標のギャップを明確にする

目標設定の後は、目標と現状とのギャップを明確にします。そうすることで、どんな行動をしていくべきかの方向性(問題解決のアプローチ)が見えてきます。

部下のことを客観的に見ている上司としては、現状と目標のギャップは語らずとも分かる部分もありますが、上司から答えを言うのではなく部下の言語化を待つようにしましょう。

<現状と目標とのギャップを明確にするための質問例>

  • 目標を達成した状態を100点だとすると、現状は何点か?
  • その点数の内訳は?
  • 残りの点数には何がある?
  • 目標達成に向けてこれまでに取り組んだことはあるか?
  • これまで取り組んだ結果、どんな変化や進展があった?

詰問的な聞き方を避ける方法

部下に問いかけをする際には、つい「なぜ?」「どうして?」と詰問的な聞き方になってしまいがちですが、それはコーチングにおいて好ましいものではありません。

「なぜ?」と理由を聞きたくなった時は、「何があれば」と仮定の話に置き換えて問いを立ててみましょう。理由を聞くことには変えられない過去を追求するニュアンスが伴う一方で、仮定を聞くことには自由な発想を許容するニュアンスが生じます。

それは、普段の自分が考えないようなことを考える好機となり、本人が「自分でも気付いていない自分」との出会いをもたらす可能性を高めます。

<置き換えの例>

  • なぜこうなってしまったの?
    →何があったら(理想の状態)になれると思う?
  • なぜ達成できなかったの?
    →何があったらもっと良くなったと思う?

カウンセリングやティーチングを使い分ける

上手くコーチングができないと感じる場合、その原因は、自分のコーチングスキルが未熟なケースと、部下がコーチングを受ける状態に適していないケースとに分けられます。

後者のケースでは、自己否定(今の自分を否定する状態)の傾向が見られる部下に対しては、カウンセリング的な接し方に変えることが推奨されます。また、新入社員はコーチングで掘り下げるだけの経験を積んでいないこともあるため、ティーチング的な接し方(改善点の指導)に留めるなどのコミュニケーションが良い側面があります。

いずれにしても、コーチングは万能ではないことを認識し、時と場合によって他のコミュニケーション手法を使い分けることが肝要です。

③ 行動を具体化するアクションプランを作る

目標と現状のギャップを明確にした後は、いよいよ行動の具体化をしていきます。部下が自分でどのような行動をすべきかの答え(アクションプラン:行動計画)を見い出せるように、5W1Hで問いかけを行っていきます。

<質問例>

  • When
    いつまでにその目標を達成するか?
    そのために1年後、3年後、5年後の段階ではどうなっている必要があるか?

  • What
    1年後、3年後、5年後にその状態になるために、それぞれの期間で何をするか?
    その行動をさらに効果的にするために工夫できることは何か?
    逆に、その目標を達成するためにやめた方が良い習慣や行動は何か?

  • Who
    誰の協力を得て進めていくか?
    この目標を実現している人は社内にいるか(目標となる人はいるか)?
    周りのどんなリソースが活用できるか?

  • Why
    そう考えたのは、具体的にどのようなきっかけがあったからか?
    そもそもなぜこのゴールを目指すのか?(都度、原点に立ち返る)

  • Where
    目標達成に向けた行動を、どこで、どんな場面で実行するのか?

  • How
    最初のステップとして、明日からどのように始めていくか?
    1年後にこの状態になるために、次の企画で何にチャレンジするか?

アクションプランの策定は部下本人が考えたものを尊重しつつも、目標達成の確度を高める観点や部下の成長を促す観点から、アドバイスを行うことが大切です。

この時、頭ごなしに「こうしなさい」と伝えるのは悪手です。人間は、人に指示された目標より、自分で宣言した目標の方が達成できることが分かっています(心理学で言われるところの「コミットメントと一貫性」です)。

ゆえに、部下本人が自分の意思でアクションプランをつくることを妨げないように「選択肢のひとつとして、こういった考え方もあるがどうだろうか?」といった距離感のアドバイスがコーチングでは求められます。

なお、個人のビジョンの実現を支援する目的のもとに実施する1on1ミーティングは継続的に実施していくことが重要です。アクションプランを策定して終わりではなく、アクションプランの策定を起点に、部下の行動を支援し続けるためのコーチングを継続していくことが推奨されます。

問いかけの引き出しを増やすためのヒント

本稿の締め括りに、コーチングにおける問いかけの引き出し(アプローチの種類)を増やすためのヒントをお届けします。

「相手の個性やこだわりを引き出す」問いかけ

個人のビジョンや目標を設定する際には、部下の個性やこだわりを引き出すアプローチが効果的です。「これといったビジョンはありません」と回答する部下であっても、本人の個性やこだわりをきっかけにすれば、ビジョンや目標を考えやすくなります。

<質問例>

  • これまでの仕事の中で個人的に挑戦してみたことは?
  • あなたの自覚している強みは何か?
  • どんな時に自分らしさを最も感じるか?
  • あなたが他の人と違うと感じる部分は何か?
  • どんな場面で自分の強みをもっと活かしていきたいか?
  • これだけは譲れないと思うことは何か?
  • これまで最も誇りに思った瞬間はいつか?
  • あなたが一番影響を受けた人や出来事は何か?

「適度に制約をかけ、考えるきっかけを作る」問いかけ

「何か良いアイデアはありますか」「何でも良いので遠慮なく提案してください」などの問いかけがミーティングであまり機能しないのと同様に、漠然とした問いかけは、コーチングにおいても効果的ではありません(部下の思考が動きません)。

部下の思考を動かすためには、問いかけに適度な「制約」を設け、自由度がありつつも明確な方向性を持たせることで、考えるきっかけを作ってあげることが重要になります。

<質問例>

  • その目標を達成するために何をする?→その目標を達成するために、どんなルーティンを加える?半年後までに何を完了させる?
  • これまでボツになった企画の中で「もったいない」と感じるものはあった?
  • 次の1年間で、今のスキルをどのように伸ばしていきたいか?
  • 週に1時間だけ使えるとしたら、どの新しいスキルを習得したいか?

「視点を変える」問いかけ

問いかけに対しての反応が芳しくない場合には、部下の視点を変える問いかけが有効です。

視点を変える上では、「もし~~なら」と仮定の話をする、他人の視点に立ってみる、凝り固まった視点をほぐすための整理を手伝うなど、様々な方法が考えられます。

<質問例>

  • もし自分が〇〇だったら、どんな行動ができるだろうか?
  • 同僚の〇〇さんは、周りのどんなリソースを活用して目標達成していると思う?
  • 自分の強みや得意な分野をリストアップして、どのように活用できるか考えてみましょう
  • モチベーショングラフを書いてみて、これまで自分の思考やモチベーションに大きな変化があった出来事を振り返ってみましょう

ご案内

本稿では、1on1ミーティングにおけるコーチングの問いかけをテーマとした内容をお届けしてまいりました。1on1ミーティングについてご興味のある方(1on1についての具体的な内容を知りたい方)は下記の記事をご覧ください。

この記事の著者について​

執筆者プロフィール

氷見 優衣

神戸大学国際人間科学部環境共生学科の4年生(2024年時点)。高校生の時に参加したワークショップで体験型のゲームコンテンツを通した社会課題の解決や参加者全員が主体的に生き生きと議論できる「場づくり」に魅せられる中で、体験型ゲームの開発元であるプロジェクトデザインと出会う。2022年の8月より、同社の長期インターンシップに参加。大学で学んでいる知識を活かし、環境問題や社会課題、SDGsをテーマにした記事の執筆に取り組む。ジブリ映画が大好きで、趣味は絵を描くことと、カフェ巡り。

監修者プロフィール

池田 信人

自動車メーカーの社内SE、人材紹介会社の法人営業、新卒採用支援会社の事業企画・メディア運営を経て2019年に独立。人と組織のマッチングの可能性を追求する、就活・転職メディア「ニャンキャリア」を運営。プロジェクトデザインではマーケティング部門のマネージャーを務める。無類の猫好き。しかし猫アレルギー。

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