印刷会社が異業種参入で生み出した、木材事業の発展と地域内経済の好循環(サンニチ印刷)

企業名 :株式会社サンニチ印刷
業界業種:印刷業
事業内容:印刷製品の取り扱い、電子書籍やホームページ制作、デジタルコンテンツ制作、サイングラフィックス事業や木材製品事業、コンサルティング業等
従業員数: 233名

山梨県で150年の印刷業の歴史を持つ株式会社サンニチ印刷(以下、サンニチ印刷)。雑誌や書籍の出版印刷をはじめ、カタログやパンフレットに至るまで幅広い印刷製品を専門分野としています。

しかし、ある転機により、異業種である木材事業へ参入。木材製品の企画から製作販売までを事業化されています。

現在、サンニチ印刷の木材事業の1つとして、山梨日日新聞社とプロジェクトデザインが共同開発したカードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」のゲームキット製作を依頼しており、素材には山梨県産木材を使用いただいています。

本稿では、サンニチ印刷が木材事業に参入した背景をひも解き、活動推進による県内の既存木材事業者への効果や、市民の意識変容についてのインタビューの内容をお伝えします。

<お話を伺った方>

株式会社サンニチ印刷 サイングラフィックス部 部長 石原 英樹様
株式会社サンニチ印刷 サイングラフィックス部 課長 今井 祥太様

株式会社サンニチ印刷 石原様(左)、今井様(右)

<企業プロフィール>

1872(明治5)年に山梨日日新聞社の印刷部門としてスタートした会社で、山日YBSグループ(山梨日日新聞社、山梨放送を中核とする総合情報メディアグループ)の1つ。企画・編集からデザイン、印刷、製本まで一貫した生産体制を持ち、印刷製品に限らず幅広い事業を展開しています。木材製品事業では、県内の製材所や林業従事者から素材供給・製作の支援を受けながら、県内外で山梨県産FSC木材製の遊具や公園製品などを製作・施工。子ども向け木製遊具のオリジナルデザイン施工や、アスレチック・ボルダリングの製作など、地産地消を意識した、子どもたちが木を身近に感じられる製品を生み出しています。

なぜ、印刷会社が木材事業に取り組むのか

ーなぜ、印刷会社であるサンニチ印刷が、異業種である森林事業へ参入することになったのでしょうか。

今井様:きっかけとなったのは、「FSC®森林サミット2011 in 山梨」の開催でした。

「FSC®森林サミット2011 in 山梨」とは、明治末期に相次いで発生した大水害の復興に役立てるよう明治天皇より御下賜(ごかし)された県有林が100周年を迎えるにあたり、2011年に企画されたイベントです。国内外の有識者や森林・木材や環境に関心のある市民が集まり、オープンディスカッションや子ども向けの体験イベント等が行われました。

参考:山梨県/FSC®森林サミット2011in山梨を開催しました

2010年、サンニチ印刷として新たな事業を模索していた時期に、メディア機能を持つ山梨YBSグループがイベント事業に携わる中で、森林サミットに関わる山梨県林政部の方から “ある課題” について伺いました。

それは「山梨県の78%を占める県有林の木材を、今後どのようにして利用促進していくか」ということです。

その時点では県産材を使用して製品を作る事業者は少なく、公共事業での採用例も多くはありませんでした。そのため、県民が地場産の木材製品を身近に感じられないことが問題視されていたのです。

そこで、自社の既存事業である「サイン(※)製作部門」での木製サイン納品実績を活かし、木材の地産地消を旗印とした新規事業の立ち上げ、つまり「木材事業への参入」を決めたのです。

※店の看板や屋外広告、道路標識、案内標識など

木製サイン(看板/案内標識)の一例

林政関係者や木材事業者から助言をいただき活動する中で、2つの点について気づきを得ます。

  1. 多くの活動が山の中で完結している
    森づくりや植樹体験イベントに参画する複数の企業からは、「森のイベントに参加さえしてもらえたら森を身近に感じられるが、周知するのが難しい」と悩む声が多く聞かれる。

  2. 子どもたちが身近で木材製品に触れる機会が減少している
    市街地の学校や公園で採用される施設・遊具は木材から鉄やアルミニウムなどに変わり、家庭内でも樹脂製品の利用が増えている。

そこで、「まずは森を身近に感じてもらうため、身の回りのものから見える化しよう」と考え、山梨県産材や県産FSC認証木材を広く周知し、FSC認証木材製品の企画・製作販売を推進していくことにしました。

手探りの中での事業展開

ー木材事業に新規参入する上で、不安はありませんでしたか。

石原様:最も危惧されたのは「知識と経験」です。

担当者には木材に関する十分な知識がなく、経験といえば「木製サインを公園などに設置したことがある」程度でした。そこで第一目標として「木製のベンチや遊具を作ってみよう」と公園での施工経験に絡めた事業展開を始めました。

しかし、組織内にはノウハウがありません。まずは林業関係の業者やメーカーなど、製作に協力いただける各所との関係を一から構築し、ベンチや遊具を製作しました。

今井様:当初部署にいた先輩社員は、知識が無いところから基幹事業である看板部門を立ち上げました。看板の躯体(くたい:骨組み)設計や盤面デザインなどを学び、工事免許まで取得して事業化に成功していたんです。

自分はチラシのデザイン制作を行う部署から異動してきたため、看板関係の知識もほとんどありませんでした。しかし、そんな自分だからこそ新しい事業を担当した方が早いと思い、木材事業に取り組みました。

しかし、事業を一から立ち上げるのは困難です。最初は躯体デザインや流通環境の整備に注力し、製品化には県内外の林業業者様や公園施設メーカー様に協力をいただきながら進めていきました。

石原様:現在では、地域や利用者の要望を反映したオリジナル設計の木製品(SL型休憩機能付き遊具や保育園向け遊具)など、様々な製品を生み出すまでに発展しています。

今井様:また、遊具やベンチ以外にも、展望台や木道(板張りの道)、家具、保育施設用品に至るまで、様々な木材製品を扱えるようになりました。

オリジナル設計した東屋

子どもたちからの感謝の声

ー納品先からの評判はいかがでしたか。

今井様:現在まで多くの木材製品を納品してきましたが、全ての製品の満足度が高かったわけではなく、周りからは厳しい意見をいただくことも多々ありました。

例えば、木製遊具を作り始めた当初は「遊具を作ったこと」に満足しており、後々聞かれた利用者からの声で「遊び方への配慮が足りなかったこと」に気が付きます。

そこで保育園・小学校など、遊具を利用する施設を対象にアンケートを行うことにしました。アンケートの結果を踏まえて製作を進めたところ、実際に遊具を納品した保育園や小学校からお礼の言葉もいただけるようになりました。

木製遊具の一例

納品先の施設からいただいた声を一部ご紹介します。

  • 山梨県韮崎(にらさき)市子育て支援センター:室内遊具
    当初は海外ブランドの遊具導入が予定されていました。しかし「もっと地域の木材を使って温かみのある遊具を使いましょう」とサンニチ印刷から提案し、木製遊具の導入が決定。韮崎市子育て支援センター様と協働で製作した遊具は大好評で、一時駐車場が満車になるほどの人気を博しました。施設からは「木に触れる機会を作ってくれてありがとう」とのお言葉を頂戴し、「月に1回は子どもたちみんなで乾拭きして、『ありがとう』を言おう」と今も大切に使用されています。

  • 山梨県上野原市の保育園:上野原市で伐採された木で製作された遊具
    「自分たちの市の森の木が遊具に使われていることが木育に繋がっている」とご感想を頂戴しています。

木材製品に対する意識変容

ーサンニチ印刷では、利用者から日々寄せられる声を反映し、地元の子どもたちが森へ関心を持つ一助となるべく、改善を重ねながら木材製品を開発されているんですね。

今井様:はい。さらに、県民の木材製品に対する意識の変容も大きく感じ取ることができています。

これまでは「木製は時代に逆行している」「木は腐るのではないか」と言われることも多くありました。しかし、身近に納品された製品を使用し “転んでも痛くない” “夏は涼しく、冬は温もりがあり冷たくない” という気づきから「木材の見方が変わった!」との声も寄せられています。また保育園や小学校などの保育・教育施設からは「木育に繋がる」との声もあり、教育と絡めた木材製品の採用も増加しています。

そして、はじめは木製品の採用に懐疑的だった行政機関も、この10年で木製品の採用を推進する方が徐々に増えています。

ー行政の捉え方の変容について、どのように感じていらっしゃいますか。

石原様:ありがたいことに、今は県からも頼りにしてもらっています。

木製の遊具は「すぐ腐る」イメージがありますが、実際は持ちが良いため、木製遊具への考え方が変わってきています。

富士北麓に位置する鳴沢村から「村内の『なるさわ活き活き広場』に遊具を設置したい」とお話があった際、当初は鋼製遊具をご要望されていましたが、SDGs推進の観点から大型の木製遊具を採用されました。

以前は木材の耐久性、対候性への疑念から木製品の採用が忌避されることもありましたが、設置から10年以上が経過した屋外用の木製品の事例が増えたことで、実情を目視いただけるようになりました。SDGs推進の社会的な流れも後押しとなり、行政の考え方が変容していることが感じ取れます。

なるさわ活き活き広場に設置された木製遊具

ーこれらの状況を受け、今後の事業展開にどのように活かされるご予定ですか。

今井様:普段の生活で木が使われている製品はまだ少なく、プラスチック製品が多く目立ちます。今後、子ども向けの製品(積み木など)をPRし、情報を発信していきたいと考えています。引き続き、個人や企業/組織への啓発活動を推進し、より多くの人が木と触れ合える機会を創出するべく、事業に取り組んでいきたいです。

山梨県産の木を使った経済効果と、流通の変化

ーここまで、木製遊具等の納品実績をお聞きしましたが、サンニチ印刷が木材遊具をフックに木材事業へ参入したことで、山梨県内での公共工事において山梨県産の木材が使用されるようになったんですよね。なぜ以前は、公共工事に「山梨県産材使用」の指定が少なかったのでしょうか。

今井様:それは、納期や製品保証(性能や耐久性など)の観点から県産材の採用は懐疑的に見られていたからです。

まず大前提として、公共事業での採択には、製品性能や耐久性、納期、防腐処理性能等の保証が絶対条件です。しかし、山梨県内の業者だけでは公共事業を受託できる条件の木材防腐処理と製品保証を行うことができなかったのです。

そのため、山梨県内の工事にも関わらず県外の木材が使用され、製材加工等の初期段階から防腐処理、加工組立などの最終工程に至るまで、県外へ仕事が流出していました。つまり「財源は山梨県の仕事なのに県内にお金が充分に落ちない」状況となっていたのです。

サンニチ印刷では、まずこの状況を解決するべく、2つの改善目標を定めました。

  • 県内で木材防腐処理と製品保証といった最終工程以外は完結できる体制を整える
  • 木材防腐処理と製品保証のみを請け負う県外企業と業務提携する

この目標を目指して事業を進め、体制の整備に成功。これにより公共工事採択の条件が整い、公園施設の製品をはじめ公共空間への納品が可能となったのです。また、山梨県産材の製品保証と防腐処理性能が担保されたことで、性能や耐久性への疑問と誤解も払拭されました。

「金川の森」再整備の公共工事を行ったウッドデッキ床板

ー公共事業での採択が増える中で、どのような変化が見られましたか。

今井様:徐々に納品事例を増やす中で、大きく2つの効果が見られ始めました。

1つは、県の林政部からの発注は「山梨県産材指定」がスタンダードになったことです。山梨県産材の生産工程が確立されたことで、生産力や納期が安定し、公共工事への採択が進みます。それにより、これまで県外へ発注されていた木材加工製品は県内で製作されることが増え、「地産地消による地域内循環」が生まれました。

地域産材の加工も可能な限り地元業者を選定することで、より多くのお金が地域に循環される(サンニチ印刷様研修スライドより)

今井様:そしてもう1つは、山梨県内の木材加工業者の認知度が上がり、県外メーカーから山梨県内の製材所へ発注される仕事が増えたことです。

山梨県有林が取得するFSC認証林の木材をブランディングし、県外への販路を見出したことにより、「水源地である山梨の木材製品を大都市圏が採用し、下流域の人が製品を購入したお金が上流域である山梨に戻る」循環が生まれました。

屋外用だけでなく、屋内製品など他分野での製品化や県外への販売実績も増えたことで、これまで危惧されていた、財の県外流出(素材を売り、高付加価値化された木製品を買い戻す流通)も減少し、地場産材使用により経済の好循環が生み出されています。

地場産材使用により、経済の好循環が生み出される(サンニチ印刷様研修スライドより)

ー最近の事業展開に、変化は感じられますか。

今井様:最近では、埼玉県の河川敷公園における木製施設の新規製作及び修理依頼がありました。その条件は山梨県産FSC認証材と埼玉県産材を使用することで、木材の手配から加工までを自社内で担うことができました。この10年で上流域に仕事が流れてくるようになったと実感しています。

私たちが木材事業に参入できたのは、山日YBSグループ(山梨日日新聞社、山梨放送を中核とする総合情報メディアグループ)の会社としての「信頼」があったからだと思います。林業関連を盛り上げようとする際、間に入る会社によっては利益誘導を感じられてしまいますが、元々林業を生業にしていなかったからこそ敷居を低くしてもらい、一緒に「やってみよう!」と感じていただけたのだと思います。

今まで山梨で製品化されていなかったものを様々な業者さんと協力しながら創り上げたことも、木材事業成功の要因の1つだと思います。

林業事業と森林保全活動を維持するために

ー今後の木材事業の展望を教えてください。

今井様:公共施設向けの木製品を山梨県産材仕様、山梨県産FSC認証材仕様で製品化するという目標は道半ばですが、その認知度は高まってきていると考えています。

一方、将来を見据えた場合、山梨県内の市場規模は小さく、人口減少が続く将来を考えると「地産地消」という旗印だけでは木材事業としての限界は見えています。

このため、今後は木材事業を起ち上げた際のもう一つの目標である「地産外消」、つまり「山梨県産材の大都市圏での消費」を推進しなければならないと考えております。

山梨県外への納品実績は現状わずかではありますが、山梨県は大消費地である大都市圏の水源地にあたり、上流域である山梨県産の木材を東京都や神奈川県で活用することは、森林資源だけでなく水資源の保全にも繋がります。

山梨県有林はFSC認証(FM認証)を取得しており、近年のSDGs推進の社会的な流れをみても販促の糸口はあると考えています。

短期間で達成できるものではありませんが、「水源地である山梨の木材製品が下流域の大都市圏で採用され、その資金が上流域に戻ることで林業事業と森林保全活動が維持される」という構図を実現できるように努力を続けていきます。

ー山梨県産材が大都市圏に広く普及し、資源豊かな山梨の森が持続する未来が実現されるといいですね。ありがとうございました!

事業推進の中で大切にしてきた想いや活動、今後の課題

サンニチ印刷では、「地域内循環」「財の循環」「地域や利用者の声を反映した木材製品づくり」の3つを軸に、木材事業を推進し続けています。

  • 地域内循環
    県内産木材の製品化(地産地消)により木材活用を見える化。協賛企業を増やすことで森林の保全に繋げる。

  • 河川の上流域・下流域における「水源林」をベースとした財の循環
    東京都と神奈川県の水源の一部が山梨の森にあり、両都県の水道局は山梨の森の一部を水源林として保全している。山梨の木材で製作した遊具を都市部で木育に活用してもらい、結果としての「財」を山梨県の林業関係者へ還流する。

  • 地域や利用者の声を反映した、木材製品づくり
    SL型の休憩機能付き遊具の製作など、地域や利用者の要望に答える製品づくり。

また、今後の展開において、以下のような課題感を挙げられています。

  • 木材の耐久性に対する疑問や不安、誤解を全て払拭できた訳ではなく、木質化が可能な分野や適した分野でも樹脂製品や鋼材製品が採用される事例は未だに多い
  • 県産木材製品の需要は増えているが、事業者の規模は小さく、大量生産に対応できない事例もある
  • 木材防腐処理や製品保証といった分野は、県内に施設等が無く解決できていない
  • 山梨県産材や県産FSC材仕様の製品開発・販売までを一括管理できる体制を構築する

山梨県産材や県産FSC材仕様の新製品の開発については、開発された商品が可能な限り山梨県内で製作される必要があります。そして商品の付加価値は、デザインや躯体生産時に生み出されます。この部分を県外企業に依存してしまうと、開発費や労力を投じた結果として得るものが、従来と同じ素材生産のみという事態を招きかねません。

このような課題を解決するべく「山梨県産FSC認証木材及び地域木材による製品作りネットワークの構築」を目指し、県内外6社と連携しプロジェクトを立ち上げます。そしてこの活動が広く認められ、2017年にはウッドデザイン賞を受賞しました。

参考:ウッドデザイン賞 受賞作品データベース | FSC(C)認証木材及び地域木材による製品作りネットワークの構築 2017年受賞 受賞

サンニチ印刷では、引き続き山梨県産材で対応できる製品の幅を広げる企業努力を続ける意向を示されています。

ご案内

山梨日日新聞社とプロジェクトデザインが共同で制作し、カードキット制作には山梨日日新聞社のグループ会社であるサンニチ印刷が携わったカードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」は、ニーズに応じて様々なシーンで活用することができます。​

森の現状に関しての正確な知識や理解がないために起きている様々な問題(木資源に関する誤解、森林の誤った活用、森に関して無関心な市民の増加)を解決する助けとなるツールです。

体験会も実施しておりますので、ご興味のある方は、ぜひ一度体験会にお越し下さい。

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